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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1281447547/492-495 世の中いろんな不幸があるが、中には珍しいのがあって「幸せな不幸」なるものが存在すると俺は思う。 例えば女の子との待ち合わせまであと10分ほど余裕があるのだが、その途中立ち寄った公園で野良猫にえらく懐かれ、膝の上に座った上にその場に落ち着いてしまいヘタレた空気椅子状態で 身動きが取れなくなってしまう、などがソレだ。(無論、この場合主人公は猫大好きである) 猫になつかれた幸せと、待ち合わせに間に合わなくなるストレスに板挟みにされた格好であるが、まぁ、今の俺のおかれた状況からすればそれはまだ微笑ましいといえる。 少なくとも待ち合わせをした女の子は多少遅れたくらいで臍を曲げるようなやつではないし、仮に臍を曲げて怒り心頭だとしても 缶ジュース一本で機嫌が直るお人よしなのだ。 その点、目の前にいる二人の美少女はやや性質が悪い。否、やや、というの寧ろ失礼に値するとすら思える。 片や警報ブザー常備で二言目には通報だの死ねだの(秘密だが俺は密かに彼女は鞄の中にスタンガンを忍ばせているのではないかと踏んでいる)ととても冗談が通じそうにないお堅い人間で、 約束を破りでもすればそれこそ仮に級友といえど命の保障すら危ぶまれるほどの危険度の高さを誇る。 もう片や危険度自体はさほど高くないものの、はその毒舌たるやこの上なしの古今無双(多分、桐乃をほんのちょっぴり凌駕してる)であり 口を開けば無尽蔵に放出される罵詈雑言に耐えうる精神の持ち主はこの俺を置いてほかにないに違いなかった。 それでも、とはいっても、所詮は年下である。 この俺様の手腕にかかればどうとでも料理できる…一人ひとりであれば。 つまりだ、今俺の置かれた状況を分かりやすく説明すると、寄りにもよって俺の知る限り最も危なっかしいこの二人の美少女とファミリーレストランでお食事ているのだ。 ちなみに俺はおごりでタダである。 …いやちょっとまて。 今もげろって言った奴いただろ?いたよな? 聞こえたぞおい!お前だよ、お前! 分かってないよ。お前は何も分かってない。 確かにさ、最初の文で例えた「野良猫に懐かれた」ってところにあたる「二人の美少女とお食事」ってのは嬉しいよ!? そりゃうれしいさ。健全な男子高校生なら誰だって悦ぶに決まってる。 だけどさ、不幸分が桁違いにデカイんだよ。もう、どうしようもないくらいに。 割合で言うと幸福1%対不幸99%。 板挟みってレベルじゃないんだよ。一方通行に押し流されてんだよ。 つか、注文して食事が来て今半分ぐらい食い終わってるんだけど未だに一言も喋ってないよこの二人! 「…うん、この新メニューの鬼おろしハンバーグけっこう旨いなぁ…」 「…」 「…」 ほらな!ほらな! さっきからずーーとこんなんだよ 時たま食器とナイフがカチャ、カチャと触れる音が居たたまれねぇよ! 俺は涙目で猛烈に湧き上がる嘔吐感に堪えながら鬼おろしハンバーグ定食を黙々と口に運んだ。 何かを入れていなければ、胃酸で胃に穴が開きそうだ。 何故こんなことになったのか。 実は、未だに俺も理解できていないのだが、起きたことを有りのままに話すと以下の通りである。 数時間前、俺とあやせは例のブザー事件により「不審者注意」なる看板設置された公園を避け、新たな会合場所を開拓しに町をさ迷っていた時だった。 俺のかぶっているキャップを見てあやせが自分のものであると気づき、俺がうなずいた。 「ああ、あの時のだ。悪いけどこういう状況だし、もうしばらく貸してくれないか?」 「お兄さんに貸した覚えはありませんが…まぁ、仕方ありませんね…」 渋々とうなずくあやせ。 そんなに俺にかぶられるのが嫌かとがっくりすると、何か閃いたかのようにあやせが此方を向いた。 「そうだお兄さん!」 「ん?」 「今から買いに行きませんか?帽子。」 「え?今から?」 「はい。」 立ち止まって改まるあやせ。 俺も足が止まる。 「実は私、前々からお兄さんにお礼がしたかったんです!」 「お礼って、…ああ、この前も言ってたな」 そういえばこの前電話で言ってたお礼って何だったんだろう? 「…以前のお礼はお気に召していただけなかったようですので」 「なぁ、その事なんだがこの前のお礼って一体なんだったんだ?」 むぅ、とあやせのほほが膨らむ。(←かわいい) 「もう其れは良いです!」 「え、そうなの?…ま、まぁ、それはともかく、お礼ってことは、お前が選んでくれるのか?言っとくけど俺はモデルが選ぶような帽子を買えるほど 金持ちじゃないぞ」 妹と違ってな。 「大丈夫です。値の張るものだけが良い物ではありません」 「つってもなぁ…」 煮え切らない俺の態度にあやせが少し苛立ちを含んだ目で俺をにらんだ。 「何かご不満でも?」 「いや、不満とかは無いんだが…、いまから東京に出るとなると時間が、な。」 まだ明るかったが、すでに午後の二時を回っていた。 「ああ、そんなことでしたか。大丈夫です。駅前に良いお店がありますから。」 「駅前?千葉駅の?」 「はい。以前仕事帰りに見つけたメンズショップなんですが、中々センスの良いものが多かったので」 ということは、態々俺の為に中に入って見てくれたという事のになるのか。 あやせは返事が遅い俺を不安そうに覗いてくる。 断る理由が無かった。といか、理由があっても断れないだろ、これは。 「じゃぁ、頼むかな。現役モデル様に。」 「はい、お任せください!」 …うっわ、笑顔超かわいいんだけど。 というわけで俺とあやせは駅前にあるというメンズショップ(狭い割には地上三階建てだった)に向かい、あーでもないこうでもないと悩みつつ(主にあやせが) お洒落でなおかつ学校にかぶっていけそうな灰色の網目の細かいニット帽を購入した。 ちなみに税込み3980円というお値打ち価格(だそうだ)なこのニット帽であるが、残念ながら俺はすでにその時全財産を殺虫剤に貢いでしまっていた。 そのことに気づいて金を銀行から下ろそうと店を出ようとする俺をあやせが呼び止め 「では私が払いましょう」 といって返事を待たずにあっさりと会計を済ませてしまった。 男前というかなんというか、いや、それ以前に年下の、それも中学生に帽子を買ってもらうとか凄い情けない。 というかそれ以前に中学生に薦められた店で中学生に選んでもらって中学生に払わせる高校生ってどうよ? …まぁ、いいか。 いいよな? だってあやせからのプレゼントなんだぜ?ふひひ…。 いいだろ? へへへ。 店の奥で店員がヒソヒソ言ってたって気にしない。気にしなーい。 …聞こえてんだよ…二言目には地味とか…別に貢がせてもねぇよ! 店を出て、猫耳が見えぬよう物陰に隠れ、早速買ってもらった帽子をかぶる。 「似合うか?」 「ええ、もちろん。出来れば服も新調したいところですが…さすがにそれは自分で払ってくださいね」 ジョークのつもりなのかあやせはふふふ、と笑った。 なんていうか、笑い方に感心して一瞬ほうけてしまった。 いや、正直言おう。見惚れた。 なんて上品な笑い方なんだろう。正に女性の笑い方、って奴だ。 俺の周りでそんな風に笑えるのははっきり言ってあやせだけだと思う。 例えば麻奈実はクスクスと小動物のようにわらう。これはこれで可愛いが、いまひとつ女性という感じがしない。 桐乃は論外でゲラゲラといかにも餓鬼っぽく笑うし、黒猫に至っては「ックックック」って何処の悪役だよお前は。 「――――あら、先輩?」 そんなことを考えてたからさ、思わず振り向いてしまったわけですよ。 罪悪感たっぷりな顔でな。 「く、黒猫ぉ!?」 「猫?」 俺の背後であやせが首をかしげるのが気配だけで分かった。 黒猫は制服姿でたった今裁縫店から出てきたと思しき布などが入った袋を持って立っていた。 そういえば夏コミが近い。 黒猫は俺とあやせを交互に見比べえて、なにやら考え込んだ後、邪悪な微笑をもらした。 「これはこれは高坂先輩ではありませんか。いかがしましたかこんな所で?」 あからさまに含みを持たせた敬語が怖いです。 超・怖いです。 「あ、えーっとこれはだな」 「あら?おかしいわね、そういえば今日田村先輩から『京ちゃん今日は風邪でお休みなの。昨日は元気だったのに、心配だなぁ…』 というお話を伺ったのですが、私の聞き違いでしょうか?」 「ぅぁ」 言葉に詰まる俺。 あやせが小声でつぶやいてきた。 「お兄さん、この方って以前ビックサイトで…」 「ああ、桐乃の向こう側の友達」 「なにかあらぬ誤解をさせたようですね…」 「………」 そうだよね。誤解だよね。 うん。わかってるよ。 「でもとても心配そうにしておりましたので聞き間違いではないと思いますが…では見間違いでしょうか? そうですよね、まさか風邪を引いて休んでらっしゃるはずの先輩が実はピンピンしていて何処の馬の骨と分からない女と仲良く駅前でデートなんて ありえませんよね?」 俺とあやせは二人して突っ込んだ。 「っちょ、馬の骨って」 「で、デートじゃありません!」 反応するのそっちかよ。 そこまでして否定しなくていいじゃん。 ぐすん。
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1288544881/876-879 もしも、京介が桐乃とぶつからなかったら 前編 三日ぶりの風呂を浴びるため、築30年の今に壁を伝う緑に破壊されそうなボロアパートへ帰る途中、 公園のベンチで横たわってうずくまる人影に目を取られた。 ダンボールを布団代わりにしていないので、すぐにホームレスではないことが知れた。 時刻は午後11時をまわり、季節柄、上着一枚で寝れば命にかかわるほど寒かったからだ。 帰宅途中同僚と飲んだ酒が一気に冷めていくのを感じた。 少しためらったが、ため息を吐いて諦めた。…仕方が無い。 疲れた体に鞭を打って、俺は公園に踏み込んだ。 「おーい、大丈夫か?……高校生?」 近づいて確認すると、なんと寝ていたのは女で、中学生か高校生らしき制服を着てた。 体つきは大分大人っぽいので、多分高校生だと思う。 背もたれのほうに体を向け、寒そうに縮こまっている。 短いスカートから伸びた脚が震えていないところを見ると、相当冷えているに違いない。 腰まで伸ばした茶髪がベンチからはみ出しだらしなく地面に垂れ下がって汚れていた。 「……なに?」 俺の問いかけにかなりの間を置いて、小生意気な声で女子高生(仮)が振り向きもせずに言う。 「こんな時間にどうした、家は?」 「…カンケーないし…ナンパ?」 なんだろう、たった一言二言交わしただけなのに、無性に腹が立つ。 仕事で生意気な高校生の相手することがたまにあるで、慣れたつもりではいたが…。 多分、この妙に幼い声色のせいだろう。それにロングの茶髪も気に入らない あと常に上から目線なのが言葉から透けて見えるあたりもだ。 「ちげーよ。つか家に帰るつもり無いなら警察呼ぶぞ」 女子高生(仮)は、カバッと勢いよく振り向いた。 ガラス細工のように整った顔立ちに、につかわしくない皺を眉間に刻みつけて俺に啖呵を切る。 「はぁ?あたしがなんかしたっての!?」 想像以上の容姿に一瞬だけ気負される俺。 なさけねぇなぁ…。こんな小娘に一瞬でドキッとするあたり実に情けない。 それにしてもこんな時間に男に話しかけられてここまで威勢よく切り返せるあたり、たいしたタマである。 滅茶苦茶イラッとくるけど。 だがこういういかにも場かなDQNは経験上、理詰めに弱い。 ふふふ、覚悟しやがれ。 俺は咳払いをして普段詰め込んでいる知識の一部を得意げに開放した。 「お前未成年だろうが、東京都の条例じゃ午後10時以降は…」 「うっさい!悲鳴上げて人を呼ぶわよ!?」 「!?」 な、何だと!? こ、こんな切り返しは初めてだった。 そういえば普段は必ず二人一組で行動しているし制服を着ているのでなんと言うことは無いのだが… 今は私服で悲鳴に人が集まってきては妙な誤解をされかねない。 「…て、てめぇ!」 餓鬼の相手なんてしてられない。 ポケットを探り携帯を取り出す。 「っちょ、ちょっと、なにしてんのよ?」 「警察に連絡してんだ。てめーとは話にならねぇ」 つか滅茶苦茶ムカつくからな。 こんな腹立たしい奴妹以来だぜ。 あー、イライラする。 こっちは久しぶりに仕事から解放されたばかりだってのになんだってこんな餓鬼のお守なんざ… そう思った瞬間、女子高生(仮)は俺の想像を超える行動に出た。 バチ! 「ってぇ、おい!」 「っふん!」 ――――バキィ!! え、ええええええ!? 嘘、マジで? 突然飛び掛って携帯を掠め取ったかと思ったら、その携帯…膝で圧し折りやがった!? いや、いやいや、ちょっとまて…え?なにこれ? 仕事を始めて一年、大分いろんな奴を見てきたつもりだったけど、 いくらなんでもここまでアクロバティックなやつには会ったことが無いよ? 女子高生(仮)は呆然と口を半開きにしているであろう情けない俺を睨みつけて言い放った。 「つかマジでウザい!あたしが何時何をしようが誰にも迷惑かけて無いじゃん!」 いや、俺の携帯… 「ほら、早くどっかいってよ、マジで大声出すよオッサン!」 最後の一言に、俺の堪忍袋の尾が切れた。 「誰がオッサンだゴルァ!」 「キャ!」 女子高生(仮)の両肩をつかみ、力任せにベンチに押し倒して座らせる。 「ちょ、なにすん…!」 ジャケットの内ポケットから取り出したカードケースを開いて突きつけた。 ふふん、これで少しはビビるだろう…。 「…高坂京介?い、いまさら自己紹介?やっぱりナンパ…」 「そこじゃねぇ!!警察手帳ってところに驚け!」 女子高生(仮)はぷい、と顔をそらした。 「はん!それであたしがビビるとか思ってんの?」 「これはな、逮捕する手順だ…器物破損の現行犯でしょっ引かれたくなかったら、 今すぐ名前と自宅の電話番号とここに居た理由を吐いて携帯電話を寄越せ」 「中身見る気!?」 「署に連絡すからに決まってんだろうが!」 この期に及んで何考えてんだこの餓鬼! むーと唇を結んで俺を睨む女子高生(仮) 俺は容赦無くボールペンを取り出し、質問を始めた。 「名前は?」 「こ……りの…」 「んあ?」 「あ、新垣リノ」 いやな響きの名前だ。 俺は続けた。 「家の伝は番号は?」 「……」 「ほら、どうした」 「…携帯に記録してあって、憶えてない。」 あからさまに嘘だった。 どうやらこういうやり取りは、案外苦手なようだ。 「じゃ携帯をよこせ」 「ない」 にべも無く言い放った。 どうにもこいつは人の苛立ち中枢を刺激するのが上手い。 「おまえさっき『中身見る気?』とか言ってたよな?」 「今は持ってない。家にある」 ほら、と立ち上がって上着をヒラヒラさせてみせる。 ついでにポケットも裏返す。糸くずと小銭がいくらか。 「家は何処だ?」 「千葉」 ジーザス…。 俺は署に帰った後の事務処理手続きの面倒さを想像して天を仰いだ。 あそこの少年課のオバちゃん苦手なんだよなぁ… 「何?」 「何でもねーよ。…で、なんでこんなところに居るんだ?」 聞くまでも無いが一応形式上、聞いた。 リノは今度はまっすぐ俺を見据えて妙にはっきりと言った。 「人探し」 「人?」 意外な答だった。 てっきりただの家出だと思っていたのだが 「…男を探してる」 あー…そういうことか。 「彼氏とかか?」 「…言いたくない」 それきり、むすっとして質問に答えようとしないリノに業を煮やした俺は、ひとまず自分の部屋に上げることにした。 そこで署に電話して引取りに来てもらおう。 「なにそれ、やっぱり変なこと…」 「調子に乗るな。…このまま外に居たら凍えるだろうが」 そういうと、リノは渋々俺の部屋に入った。
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第二章 そうこうするうちに、俺達は飲食店の並ぶ大通りに出た。 「で、何食べるよ?」 桐乃にそう水を向けると、 「一応、行きたいところはあるんだけど……」 と、桐乃らしくない控えめな主張。 「じゃあ、そこにしようぜ。俺はどこでもいいし」 「ふうん。ま、あんたがそう言うなら、いいケド」 ってことでやってきたのは最近できた感じのまだ真新しい建物のカフェ。 「……ここで夕飯にするのか?」 なんか、ケーキとかパフェとかばっかりなんだけど…… 「何よ。あんたがいいって言ったんじゃん。今さら文句言うワケ?」 「い、いや、言わねえよ」 仕方ねえ。ま、一応、スパゲティとかピラフとかくらい置いてあるだろう。 そうして店内に入ってみると、いかにも女子中高生が好きそうな内装。 メニューを開いても、やたらきらびやかな写真が並んでいる。 中でもひときわ目立ったのがでっかいパフェ。4~5人サイズくらいのでっかい奴が 何種類も並んでる。 「それ、ここの名物なの。ビッグパフェ。学校でも人気あるよ」 「……おまえ、まさかこれ頼んだりしないよな?」 そう言うと、桐乃から呆れたような返事が返る。 「ばかじゃん。そんなの二人で食べられるわけないっしょ」 まあ、確かに。 「注文するのはこっち」 そう言って桐乃が指差したのは、先ほどのパフェよりは一回り小さいが、 それでも下の方に載っている普通サイズの2、3倍はあろうかというパフェ。 色は少し渋めの、濃厚そうなチョコレートパフェだった。 「なんだ、これ……カップル限定パフェ?」 「そ。カップルじゃないと頼めないの」 なるほど、俺を連れてここに来た理由がわかったぜ。 桐乃の奴、これが食いたかったってわけね…… そうこうしてるうちに注文を聞きに来たウエイトレスに桐乃が注文をすませる。 「じゃあ、俺はこのカレーピラフを……」 と、俺が自分の分を注文しようとすると、 「あんた、そんなにたくさん食べれるの? ここのパフェって結構ボリュームあるよ?」 「へ? そのパフェ俺も食べんの?」 そういや、さっき、二人で食べられるわけないだろって言われたような…… 「あったりまえじゃん。あ、ピラフはいいですから。あと、ドリンクバー二つ」 と、勝手に俺の注文をキャンセルする桐乃。 「お、おい、勝手な事すんなよ」 「パフェの後で余力があったら追加注文して食べていいから」 だとよ。まったく、ありがたいこった。 早速ドリンクバーにコーヒーを取りに行き、それをちょびちょび飲みつつ、 携帯をいじくる桐乃の様子をなんとはなしに見ている。 いったい、何を一生懸命やってるんやら。そう思っていると妹の方から説明してくれた。 「へへ。限定パフェ、これから食べるぞって自慢した。みんなまだ食べてないはずだから」 「……ふーん」 「あ、早速返信来た!」 正直、こんな事になるならやっぱ煮っ転がし食べたかったなあと思ってた俺だったが、 なんか、楽しそうな妹を見てると、ま、いっかって気になってきていた。 しかし、そんな時、俺の携帯が振動した。 「ゲ……!」 携帯をチェックするとあやせからメールが届いていた。 おそるおそる確認してみると…… 『命知らずのお兄さんへ── どういうことですか! カップル限定パフェ食べたいとかって桐乃をムリやり付き合わせるとか!? そんなにパフェが食べたければ、いつも一緒のお姉さんと一緒に行けばいいんじゃないですか? 以前の警告を忘れたわけじゃありませんよね? お兄さんがそんなに命知らずだったとは思いませんでした』 「ひええ……」 相変わらず怖い奴。 ……ん? 俺が桐乃をムリやり……だと? 「あ、どんどん返信返ってくる。ふふ、みんなうらやましがってる~」 はしゃぐ妹に向かってちょっと訪ねてみる。 「なあ、それって、あやせにもメールしたのか?」 「へ? あったりまえじゃん。一番の親友だかんね」 その言葉は二人の関係の修復に関与した者としての誇らしさを俺に感じさせるものではあったが、 今はそれどころではない。 「ふーん。で、なんてメールしたわけ? まさか、バカ正直に兄貴と一緒にカップル限定パフェ食べに来たって書いたとか?」 「……書いたケド?」 忌々しい事に、俺の中で妹の可愛い表情BEST3に入る、きょとんとした顔で答える。 「おいおい、それって恥さらすようなもんじゃないのか? 彼氏がいないから兄貴を連れ出して……とか」 だって、たとえば、彼女同伴のクリスマスパーティに、彼女と偽って妹連れていくみたいなもんだろ? もしそんなことしてそれがバレた日にゃ、恥ずかしくって学校行けなくなると思うんだがなあ。 ま、俺の知り合いにゃそんなシャレたパーティ企画できるような奴はいないけどな! 「あ、そこらへんなら大丈夫。甘党のあんたが、どうしてもこの店のパフェが食べたいけど、 一人じゃ入れないから一緒に行ってくれって私に泣いて頼み込んだって事にしてあるから」 「あ、なるほどね。……って、ちょっと待て! オイ、コラ!」 思わずノリツッコミをしてしまう。 「あ、万一、あやせとかと偶然会う機会があったら、ちゃんと話を合わせてよね」 いけしゃあしゃあとそんな事をのたまう桐乃。 「おまえ、それじゃ俺の立場はどーなんだよ!」 「いいじゃん。あたしの友達の間で、あんたがどう思われようと関係ないでしょ?」 「あるよ! 顔見知りもいるじゃねーか!」 「あんたって、結構見栄っ張りよね」 「おまえが言うんじゃねえっ!」 まったく、こいつは…… 「と、とりあえず、あやせにだけでもちゃんと話しておいてくれよ」 「なーに? ……あんた、まさかあやせに気があるとか言うんじゃないでしょうね?」 鋭い眼光で睨みつけられる。こいつら、さすが親友同士、変なとこで似てやがんなあ。 「ちげーよ! あいつ、俺らの事、誤解してんだろ? ほ……ほら、近親……相姦がどうとか……さ」 思わず言いよどむ俺。そっか、俺がこいつをオカズにするって、近親相姦の一歩手前なんだよな…… 「そんなの、あんたが自分で蒔いた種じゃん。でも、安心しなよ。ちゃんと説明して誤解は解いておいたから」 感謝してよね、と桐乃は締めくくる。 って、おまえのために蒔いてやった種だろ! おまえこそ感謝しやがれ! あと、その誤解、全然解けてないから! そんなツッコミを心の中でしただけで、俺の気力は萎える。 いつもの事だし、まあ、いいかってちょっと考えてる自分が嫌だ。 そんなこんなしてるうちに、桐乃お待ちかねのカップル限定パフェが到着した。 すると、パフェを持ってきたウエイトレスがポケットから大きめのカメラを取り出して俺たちに向ける。 「はい、笑って下さい~」 「へ?」 俺が面食らっていると、桐乃が俺の胸倉を掴んで自分の方に寄せる。 パシャッ! フラッシュがたかれたかと思うと、あっという間に店員は去って行った。 あまりに一瞬の事で、何がなんだかわからない俺に桐乃が言う。 「さ、食べるよ」 俺は気を取り直してパフェに視線を移す。 強めのチョコの香りが漂う、濃厚なチョコレートパフェ。異様に長いスプーンが二つ添えられている。 「パフェのスプーンって長えなあ……使いにくそ」 パフェなんて自分じゃもちろん頼んだ事ないし、麻奈美も頼まねえからほとんど初めて見るんだよな。 「……そりゃ、カップル専用パフェなんだから当然でしょ?」 と、桐乃。 「カップル専用だと、なんで長いんだよ?」 すると、眉間にシワを寄せた呆れ顔で、無知な兄貴を恥じ入るように顔を赤らめつつ桐乃が言う。 「も、もう、相変わらず勘が鈍いなあ。じゃあ、実際に使ってあげるから……見てなよね?」 すると桐乃はスプーンを手にとり、器用にパフェのアイスやクリーム、チョコレートソースなどをからめて スプーンの上に、一口サイズのパフェを完成させる。 「い、いい? これは、こういう風に使うの……」 そう言って、対面に座る俺の方に向かってスプーンを突き出してくる。 「な、なんだよ?」 急な攻撃に身を引く俺。 「ほ、ほら! 早く、口を開けなさいよ!」 「な……!」 ま、まさかこれは……空気を読めないバカップルのみに許される、あの、ハイ、アーンって奴なのか? 「きょ、兄妹でこんな恥ずかしい事、出来るか!」 いや、兄妹でなくても、こんなことムリだ! 「バ、バカ! 兄妹とか大きい声で言うな! カップル専用パフェを、別個に黙々食べてる方がよほど恥ずかしいでしょ!」 そ、そうか? そういうものなのか? 「はやく……ンもう! 周りから見られてるじゃん……!」 桐乃が顔を真っ赤にしてそう訴える。きっと俺の顔も、同じように赤くなってるに違いない。 「わ、わかったよ……」 郷に入っては郷に従え。旅の恥は掻き捨て。 そんな言葉を頭の中で走らせながら、俺は桐乃の差し出したスプーンにかぶりつく。 「ど、どう? 美味しい?」 「あ、ああ……」 味なんてわからねえよ! 「ほんと? じゃ、じゃあ、あたしも食べてみよっかなあっ」 微妙に不自然な棒読みっぽい台詞を吐きながら、桐乃が再びスプーンでパフェをすくう。 そして、先ほど、俺の口の中に突っ込んだスプーンを、自分の口元へと持っていく。 (お、おい……!) 声にならない声を挙げつつ、スプーンが桐乃の口の中に飲み込まれていく様を見守る。 俺は、スプーンが加えられた桐乃の唇から目が離せなくなっていた。 「ほ、ほんとだ。美味しい……」 桐乃の口から出てきたスプーンには、桐乃の唾液とクリームが混じった後が残っている。 そして桐乃はそのスプーンの先と俺を交互に見つめながら…… 「あんたも、もう一口……どう?」 その桐乃の言葉に、思わずのどを鳴らして唾を飲み込む俺。 「あ、ああ」 そう同意の言葉を述べると、再び、桐乃の口の中に入ったばかりのスプーンが、俺の口の中に運ばれる。 俺は、妹の唾液の味を感じ取ろうとスプーンを強くなめてみた。もちろん、良くは分からなかったが…… 「ふう……」 俺は、一発抜いたような倦怠感と疲労感に襲われていた。 しかし、パフェはまだ、二人で三口食べただけ。ほとんど全くと言っていいほど減っていなかった。 「つ、次はそっちの番……」 脱力している間もなく、桐乃が突然そんな事を言ってくる。 一瞬、俺はその言葉の意味がわからなかったが、桐乃の視線がパフェに添えられた、 もう一本のスプーンに注がれているのを見て、ようやく理解した。 ま、まさか。俺にも今のと同じ事をやれと……? いいだろう。ここまで来たら、もう後には引けない。 (なぜ後に引けないと思ったのかを冷静になってから思い出すと、また例の悪い癖が出ていたようだ) 俺はスプーンを不器用に操りながら、桐乃がやったのと同じようにスプーンの上に小ぶりなパフェを完成させる。 「ほ、ほら……」 おそるおそる、桐乃の口元めがけてスプーンを運ぶ。しかし口元までスプーンを寄せてみると、 どうもスプーンの上にパフェを乗っけすぎたらしく、桐乃の小さな口には収まりきらない感じだった。 「わ、悪い。すくい直す」 そう俺が言うと、桐乃は、 「い、いいよ。大丈夫」 と、答えて、口を精一杯大きく開いて俺のスプーンを咥え込もうとする。 しかし、やはり多すぎたのかちょっと苦しそうだ。 「あん……」 「だ、大丈夫か?」 「うん……」 桐乃はなんとかパフェを口の中に収め、口内でクチュクチュとさせながら、ようやくパフェをコクコクとのどを鳴らしながら飲み込んだ。 唇の端からトッピングのミルクソフトクリームが垂れている。こ、これはなんというか…… 「も、もう一口いくか?」 思わず俺はそんな言葉を発していた。 そんなこんなで、パフェの4分の1くらいを食べさせっこした後、やはりこれでは埒があかないと、 結局、個別に黙々食べる事になってしまった。 味は確かに悪くなかったが、いかんせん量が多い。俺はピラフを追加することをやめた。 なんとか完食した後、口なおしの紅茶をドリンクバーで二人分いれてテーブルに戻ってくると、 桐乃がポラロイド写真らしき物に蛍光ペンで何やら書いていた。 「なんだ、それ?」 写真を除きこむと、それは先ほど撮られたらしい、俺と桐乃の写真だった。パフェを中心に、わたわたした俺の顔と、 小さくピースして可愛く笑う妹の顔が写っていた。コイツ、さすがに写りなれてやがるなあ。 俺がピースサインなんてしたら、きっと小学生のガキみたいな感じになっちまうに違いない…… 写真の余白部分には、「美味しかった」とか「また来ます」とか、星だのなんだの、ゴテゴテ装飾付で書かれている。 「それ、どうすんの?」 「お店に飾ってもらうの。ほら」 そう言って桐乃が指し示した壁には、一枚の大きめのコルクボード。 そこには、「来店くださったらぶらぶ☆かっぷるの皆さん」と言う見出しの元、 先ほどのパフェを囲んで笑顔のカップルたちの写真が何枚も貼られていた。 「お、おい、それはマズくないか?」 俺は慌てて桐乃に問う。 「なんで?」 と、真顔で聞き返す桐乃。 「だ、だって。おまえ、学校の友達とかに誤解されたら困るんじゃないのか?」 「困んないって。仲のいい友達はみんなあんたの事、知ってるし」 ああ、こないだ家に来てた連中か……でも考えたら階段下でもつれあったとこ見られたりしてる分、余計、やばくね? 「いや、俺が言ってるのはだな……たとえば、おまえの事を、その……好きな男子とかがだな、 お前に、その、か……彼氏がいるって勘違いしたりしたら……その……まずくないか?」 俺はしどろもどろになりながら、桐乃に懸念を伝えた。 すると桐乃は、「別にィ」と一笑に付す。 「誤解されたらむしろ好都合。手紙もらったりコクられたりしょっちゅうだけど、正直、ウザくて困ってるし」 相変わらずの尊大な物言い。が、なぜかある意味、ほっとする。 「で、でも、中にはおまえが気に入る奴がいるかもしれないだろ?」 すると桐乃はケラケラと笑った。 「まさか! 同じ学校の男子なんてみんなガキっぽいし、興味ないって」 だとさ。まあ、確かに、中高生って女子の方が男子に比べると色々、大人びちゃいるが…… 「私の友達、みんなそう言ってるよ。私とかも、恋愛対象になるのは……」 そこまで言って、桐乃は恥ずかしそうに目を伏せる。そして、上目遣いでチラチラとこちらを見ながらようやく言った。 「せいぜい、あ、あんたくらいの年から……カモ」 「そ、そっか」 な、なんだよ。その意味深っぽい言い方……またからかおうとしてんだな? そうだな? 俺は、それ以上、この件に触れるのをやめた。 それにしても、明日あたりにはあのコルクボードに、俺と桐乃の写真がカップルと称されて 貼り付けられているのだろうと想像すると、色々とむずがゆい気分になるのだった。 (第二章 終)
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1286349444/245-275 俺の名は高坂京介。しがない高校生で勉学はもちろんスポーツなどにおいて 平凡以下の能力であり、自己紹介などしたら嘲笑われること間違いなしだと自虐してもいいだろう。 そんな俺には自分とは似ても似つかぬ妹がいる。名前は桐乃。 こいつは憎たらしい事に俺とは全くの正反対で勉学、スポーツ、果てはモデルや携帯小説作家など有り余る才能の持ち主で常に平凡な俺と比べられてきた。 その上俺に対しては兄として敬うことさえなく、それどころか人間として見られているかどうかも疑問だった。 そう、そうだったんだ。あの日の、桐乃がドジ踏んで玄関にエロゲなんつー代物を落としたりするという、今思い出すと馬鹿馬鹿しく思えるあの出来事までは。 その出来事から沙織や黒猫などのオタク仲間の件、桐乃の友達のあやせのオタクへの偏見の誤解解き、携帯小説の時の事件、 長い間知ることのなかった桐乃の過去、後輩となった黒猫のお節介、そして海外でやつれてしまった大嫌いな妹を連れ戻した件。 その全てに俺自身の意志など関係なく巻き込まれていったのだ。 だが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ何か大切なことを脳天にぶち込まれた気がしてそれまでの自分が急に恥ずかしくなった。 いつか麻奈実に変わったと言われたのも今ならばわかる気がする。 ……それでもやはり俺は妹の事が大嫌いだ。 今でも俺の事を兄だと思っているかは疑問だし、時々黒猫と一緒に弄りやがるし、相変わらず悪い口も直しやがらないし。 結局のところ、兄と妹など混ざり合うことなどないのだ。 でも、それでも、あいつが人生相談としてこの平凡な志しか持たない兄を頼ってきたのは……正直嬉しかった。 なんだ、こんなんでも何かしてやれるんだなってさ。 へっ、全く世話の焼ける妹だぜ。 感傷に浸かっているところ話は変わるが、現在俺はめちゃくちゃウッキウキな気分でいる。 何があったかというと、今日は久々に例のオタク仲間らと新作のエロゲをやることになったのだ。 受験生である俺はもちろんのこと、桐乃も他の二人も時間が合わない中での貴重なみんなで遊ぶ時間なのだ。 それに楽しみだったのは俺だけではなかった。 「ちょっとぉ~?何そんなとこでニヤニヤしてんの?すっごいキモいんだけど?」 早速来たコレ、妹からの罵倒。せっかく人が良い気分でいたのにこいつには空気を読む気はないのかね?多分ないだろうなぁ、主に俺にだけは。 「そんなとこでくつろいでいる余裕があるんだったらお菓子やジュースぐらい私の部屋まで持ってきて頂戴よね?」 「待て、まだ三時間も先だぞ?まだあいつらは来ていないのに持っていっても意味ないだろ?」 人をパシリとして使うのはもう慣れたから結構だが、もう少し時間を見て言えよな。 「はぁ?何言ってんの?もう先客が来てんじゃない?」 は?と意図がとれない俺。クイックイと二階を指差す桐乃。そっちへ行けってか。 俺は嫌な予感を抱きつつ二階の桐乃の…ではなく俺の部屋の扉を開くと、やはりいやがった。 俺のベッドには既に眠気を催すぐらいに解れていた黒猫の姿があった。 「あら先輩、どうしたのかしら?そんなに慌てて」 「どうしたじゃねえよ。お前何時間早く俺ん家に来てるんだ?あと何度も言うがいい加減桐乃がいるときに俺のベッドを使うな」 「ひどいわね、どうして早く貴方の家に来てはいけないの?私だって楽しみにしていたのよ?」 確かにそれは分からなくもないが……。 まあ、黒猫もいつも俺とは学校で会っているとはいえこうやって集まるのは本当に久しぶりだもんな。 俺みたいにようやく取れた休みなのだ。いてもたっても居られなかったのだろう。まさに俺のようにウッキウキだったってわけだ。分かるぜ、その気持ち。 「それに私が貴方のベッドを使うのはいわば習慣みたいなもの。私専用の椅子だと思ってもらえればいいわ」 だからそれが桐乃に大きな誤解を招くんだって前から言っているだろうが。つーかお前、面白いからってわざとやってるだろ、絶対。 「それはとりあえず置いとくが……黒猫よ」 俺は改めて問いかけたい事があったので、何時にも増して真剣な顔立ちで黒猫に話しかけた。 「な、なによ?」 不意を突かれて怯んだのか、黒猫は俺から後ずさった。 「この前の部室での話の続きなんだが、あの校舎裏の出来事について詳しく」 「っ!?あの……だからあれは……ブハッ!?」 黒猫が顔を紅く染めてたじろぎながら何かを言おうとしたところで、唐突にやってきた桐乃の豪快なヒップドロップが黒猫の背中に見事にクリティカルヒットした。 まあ、こうなると思ってたよ。だからあれほどどけって言ったのに。桐乃も、黒猫があり得ない声を出すくらい苦しんでいるだろうが。 「だ・か・ら、人の兄貴の部屋で寝るなってあんたは何度言えば分かるのかなぁ~?」 「うぐっ……だから言ったじゃない。ここは私専用の椅子だと」 キッと俺を睨みつけ「あんたもあんたよ!ほんとサイッテー。はやく何とかしなさいよ」と眼で命令してやがる。 あ~また面倒臭いことになっちまったな。さて、どう切り抜けるかな……。 と困っている俺への援助か、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。 「おっと、誰か来たようだ。様子見てくるわ!」 「あ!?兄貴逃げんな!」 そうはいかんのよ桐乃よ。待てと言われて待つ奴がいたらそいつは真性のドMか従順な飼い犬のどちらかだ。俺はそのどちらでもないんだよ、残念ながらな。 それに呼び鈴を鳴らした奴はもしかしたら沙織かもしれないというのも一つの理由だ。あいつが今日のオフを人一番楽しみにしていたからな。 玄関前に来て、ふと考えてみた。あいつはどちらの沙織で来るのだろうか。 いつもの典型的なオタクファッション姿の沙織か、はたまたあの日のコスプレと称した沙織の近所にあった女学院の制服を着たお嬢様姿か。 正直言うと、後者の方を期待している自分がいる。それでもあいつに対する態度は変わらないけどな。 さて扉を開けようとしたらピンポンダッシュでいたずらをするかのごとく凄まじい早さで何度も呼び鈴を鳴らしてきた。 うるせー!マジうるせー!!一回押せば十分だっつーの!! 「わかったからもうやめろー!!!」 怒りのあまり大声で怒鳴ってしまった。やばい、近所の人だったらどうっすっか……。 後悔の念が俺の頭に渦巻いていると、聞き覚えのある声がした。 「申し訳ありません!拙者が寝坊してしまったばかりに、他の方たちはどうなされているでしょうか!?」 沙織だ。間違いなく沙織の声だ。あぶねー、近所の人ではなくて。 安心したのもつかの間、俺は目の前の女の姿を見て茫然とした。 目の前にいるのは、オタク言葉を喋りながら花も恥じらうお嬢様の姿(伊達眼鏡付き)があった。 「姉さん、遊びましょう?」 「ごめんね――。私は結婚して海外へ行かなくてはならないのでもう遊ぶ事はできないのです」 「あぁ…………そうですか」 淋しそうに頷く女の子……のようなフィギュアがそこにはあった。 それだけではない。その女の子フィギュアを中心に周りに数体のフィギュアが囲んでいる。薄暗くて顔の表情が良く分からない。 姉さんと呼ばれたフィギュアはそこから離れて消えてしまった。 「皆さん、私と」 「ごめんなさい、オタクじゃない彼氏ができましたので」 「すいません、研究のために海外の大学へ留学するので」 「もっと面白い遊び場所を見つけたので」 「「「ここから抜けます」」」 一人、また一人いなくなっていく。いつの間にかそこには中心にいた女の子フィギュアのみになっていた。 下に俯くフィギュアは今にも泣きだしそうだった。静寂の暗闇の中で一人で。 ……誰?貴女は誰なの?そんなに哀しそうな声を出さないで。私まで哀しくなってしまう。ほら、顔を上げて。 淋しそうに俯いている彼女の頭を優しく撫でてあげた。すると彼女は恐る恐る首を上げていき顔がはっきりと認識できるようになった時、私は愕然とした。 そこには、他でもない自分自身の泣き出しそうな顔画あったのだから。 … … … 嫌なくらいぱっちりと目が覚めた。思い出したくもない思い出を悪意でもって無理矢理ぶり返されるときのように気分が最悪なのにもかかわらずだ。 目覚まし時計を確認すると、午前四時半だった。起きる時間にしては早すぎるし、再び就寝するにしてもそれほど長くない。 まさに帯に短し襷に長し。先程見た夢と合い重なってやるせない気分になる。 仕方ない、展示してあるコレクションでも見に行くか。寝室を出て玄関、渡り廊下へと経て一つの部屋に辿り着いた。 ガラスケース内には百は超えるであろうプラモデル、本棚には千を超える雑誌やDVDが並べてある。 これだけではない。他の部屋にもゲームやコスプレ衣装、サバイバルグッズなどを展示している部屋があるのだ。 それらグッズをすべて合わせると膨大なものとなる。まさに博物館のように塵一つつけることなく手入れをして保管しているのだ。 これら全てが姉と姉の友人が遺したものなのだ。その全てを、私は譲り受けた。 遺されたモノたちはそのまま引き取られる先があるのならばまだいい。大抵はそのまま捨てられてしまうのだ。 それまで大切にされて使われてきたのに、ある日突然捨てられるもしくは全く知らない者の元に行く。それはあまりにも可哀相で――慕っていた主人がいなくなって――。 私はあの部屋は大好きだ。一つ一つのグッズに今までの思い出が溢れんばかりに詰まっているのだから。 ただ、これだけ多くの思い出たちに囲まれていても、部屋が広すぎる。広すぎて目の前にあるのに星に手を伸ばすように届きそうで届かない。 いつしか、自分の内で乾いた風が吹いてきていた。 ……いけない、こんな夜中に感慨深くなってしまった。やはり寝室に戻って少しでも睡眠をとった方が良いだろう。 自らを急かすように部屋を出て寝室に戻り、寝床に転がり込む。 あの日から私は変わったのだろうか。不意の訪問とはいえ、京介氏やきりりん氏、黒猫氏には私が一歩踏み出す勇気を後ろから押してくれた。 そのおかげで私は隠していた素顔をみんなの前でさらけ出す事が出来たのだ。なのに、まだ私の中でしこりのように残っているものがある。 まだやり残したことがあるのだろうか?考えてもそれ以上わからなく、徐々にうとうとしてきて重くなった瞼閉じていく。 再び目を開いた時には、既に窓から日が射していた。これまた夜中に起きた時のように寝起きが良く、かといって良い気分では決してない。 それを紛らわすために猫のように思い切り背伸びをしていると、ふと何気なしに目覚まし時計に目がいった。 ――P.M. 8 01 「……あら、もうこんな時間ですの。随分と眠ってしまったようですのね」 ははははは………… …………。 ち、遅刻だぁーーーーーーー!!! や、ヤバい……今日はきりりん氏たちと新作ゲームで遊ぶ約束をしていたのだ! ただでさえ遊ぶ機会が少なくなっているのにさらに短くなってしまったら折角お待ちして頂いている京介氏やきりりん氏、黒猫氏に悪いではないか! と、とにかく着替えをして化粧を施して……ってこんなにしていたら時間がなくなってしまう! 適当にこれを着て……あれ、眼鏡眼鏡……どこにもないっ!? あぁーーーもう!これを付けてそれを着て鞄を持って準備おk!Go! 私は走った。何処までも走った。走行中に妙に強張った表情をしながら私の方を眺めている人がいたが今は気にしてなどいられない。 最寄り駅までまだ距離があるうえに次の電車を逃すと一時間以上は待たなくてはならないのだ。 それだけは絶対に許されない。きりりん氏たちとの約束のためにも。走れ、拙者。間に合え、京介氏たちのもとへ……!! … 「……というわけでござる」 いや、というわけ、じゃねぇよ。お前おっちょこちょいっていうレベルの話じゃ済まないぞ?なんか色々とカオス何ですが? つーかその伊達眼鏡はなんですか?最近の流行は伊達眼鏡ファッションなんですか? 「え……?」 ほい。俺ん家に置いてある鏡をお嬢様姿でオタク喋りの彼女に見せた。 「……きゃあ!!」 今さら気づいたらしく、体育座りをして顔を伏せてしまった。いきなり自分で確認させないで俺から口で言えばよかったか? しかしあの沙織が自分の着た服を忘れて、あろうことかお嬢様姿でいつものオタク言葉を喋られるなんて思ってもみなかった。 あの日に披露したコスプレの時もあまりのギャップに俺の言動がおかしくなっちまったのに、今度は違う意味で調子が狂いそうだ。 「何今の声!? え? ……沙織?」 「全く、騒がしいわね。もう少し静かに……え?」 沙織の叫び声で二階にいた二人が気付いたらしく、急いで降りてくる桐乃とあくびをしながらゆっくりと降りてくる黒猫。 その二人とも沙織の姿を見て呆然とし、 「あんた……今度こそ沙織を……サイッテー」 「ああ、ついにやってしまったのね。いつか事を起こしてしまうとは思っていたけれど」 桐乃は半ば本気な顔で、黒猫は何があったのか理解したのか醜態ヅラで現在の状況を愉しみながら俺へ罵倒を吐いてきやがった。 だめだ、完全に誤解してやがる。このままでは黒猫はともかく桐乃に何をされるか知ったもんではない。 おい、沙織頼むよ。いつまでも恥ずかしがってないで誤解を解いてくれよ。 「……ふぇ?あぁ!!きりりん氏、黒猫氏!遅刻して申し訳ありませぬ!拙者のせいで貴重な時間を無駄にして……!」 「ちょ!キモい!いきなり抱きつくな!ていうかなんか色々とおかしいんだけどあんた!?」 「……ふっ。これはいつもは見られない貴重な光景だわ。ゆっくりとここで見させて頂こうかしらね」 「ちょっと何遠いとこで眺めてるわけ!?さっさと助けろこの邪気眼厨二病娘!」 「なっ……!?言わせておけば油断ならないとこで邪気眼邪気眼って……! いいわ、貴女にたっぷりと真の恐怖ってものをみさせてあげる。今更後悔するのはもう遅いわよ……!!」 ああ、もう何が何だか。沙織の次はお前らがカオスになってどうする?……だめだこりゃ、しばらく落ち着きそうにないな。 まあ沙織への誤解がとりあえず解かれたみたいだし、居間へ戻ってお菓子や飲み物を準備しておこうかね。 「……兄貴。あとでこのことについてきっちり説明してもらうからね」 ちぃ!解けてなかったか!あとでどう説明をしておくか考えておかなくてはな! 俺はそそくさとこの場を去ったのであった。 小一時間経過………… 「えっと……まず申し訳ありません。何とお恥ずかしい事を私は」 沙織には悪いが全くだ。あの後お菓子や飲み物を準備して遊べる体制にして再び玄関に行ってみたらまだごちゃごちゃしてるんだもんな。 その時間、実に三十分以上だ。これだけでも沙織(あいつら二人もな)がどれだけ混乱した状態だったのかが想像できる。 「まああんたが盛大に遅刻した理由は詳しくは聞かないけど、遅刻しそうだったら予め連絡してくれてもよかったんじゃない?そんな恰好で、汗までダラダラかいちゃって」 桐乃が不満そうな顔で沙織に問いかける。まあ、久しぶりに全員が集まるオフだから分からんわけじゃないが、そう厳しくするのは可哀相じゃないか? むしろ俺たちのために時間を惜しんで我が家に汗水たらして足を運んできてくれたんだろ。まさに一刻千金という言葉が似合う行動じゃないか。 「い、いえいえ!これは私が寝坊したばかりに起こした所為ですので、まさにきりりんさんの言うとおりですので、あの、そのう……本当に申し訳ありませんでした」 はぁ~……。だからお前は謝らなくてもいいんだってば。 桐乃の言った事はこれからやるオフを楽しみにしている裏返しみたいなものだから気にしなくてもいいのに、 そのことさえも気付かないでただただ謝る沙織を見ていると俺まで胸が痛くなってくるっつの。 「チィ。わかってるってば、そんなの。ていうかあんたあの日以来妙に沙織に優しくない?」 桐乃が俺の言うことを認めたと思ったら今度は何だ?俺が沙織と何かやましい事があると思ってんのか? 「そうね。やはりあの日以来かしらね?鼻の下を伸ばしてニヤニヤしながら沙織の事を視姦しているのは」 テメー黒猫、これまた愉しそうにペラペラと喋ってくれているじゃねぇか。 確かに今までの沙織の姿と比べればそういう風に見ていないとは断言できないが、もう少し言葉を選んでくれ。 「お、お二人とも!京介さんは貴女がたが思っている以上に真面目な方ではありませんか!? ……最近は少しアッチ方面も好まれるようにはなられましたが」 「そうそう、俺はアッチ方面も……てちょっと待て!そのアッチ方面っていう単語、 下手をすると俺が皆には言えない性癖を持っているド変態ととらえられてもおかしくありませんよね!?」 「へぇ~、あんたそんなことまで。……沙織、その話を詳しく教えてくれる?」 「それは是非私にも聞かせてほしいわね。一体何があったのかしら。……ねぇ、京ちゃぁん?」 こ、こいつら、俺を挟み撃ちしやがって……。おい沙織、何とかしろよ? そう彼女に願うも、口をωにして小悪魔のように楽しそうな顔をするだけだった。 ……お前って、その格好でそんな表情も出来んのな。 「そうですね。何処から話せばよろしいでしょうか? ではまず私と京介さんがぶつかり合った時の出来事について話しましょう」 なにその俺も知らない話?捏造疑惑で警察に訴えるよ? 心の中での思いもむなしく、沙織は次々と身に覚えのない話を続ける。 もうやめて!お兄さんのライフは0よ! その後沙織の捏造談を止め、桐乃や黒猫に理不尽な尋問が続いたが これから行うオフの時間が無くなる事への危機感を真剣に語ると、渋々ながら納得したようであった。 そこから先は今までと同じく桐乃の部屋でいつものようにアニメを見たり エロゲをしたり沙織のプラモ講座を特に桐乃に徹底的に教え込んだり、普通に楽しかった。 またさっきの続きなのか、黒猫が俺の部屋に行こうとしたことを再び桐乃に咎められたり(一応俺の説明によって納得はさせた) 桐乃と黒猫との猫を連想させるじゃれ合いが見られたりした。 それにしても、あの日から沙織もやっと普通に戻ったかと思ったんだがやっぱり少し変なんだよな。 以前と比べれば確かに落ち着いたようだけど、沙織らしくない行動や発言が多いんだよ。 体調面では問題ないみたいだけど、これは精神面でなにかあったのか?何事もなければいいんだけどな。 「ところで、京介さんのベッドで寝転がるのは程々にしましょうね、瑠・璃・ちゃん?w」 「う、うるさい……ていうかその姿でその顔はやめなさい、私の調子が狂うわ」 うん……まあ、大丈夫そうだな。あまり気に病みすぎたみたいだ。 あと黒猫よ、俺からもベッドに寝転がるのは自重してもらいたい。主に桐乃が何かとうるさく言うからな。 「……そう。残念だわ、先輩」 憂いを帯びた表情で返事をする黒猫。そんなに残念だったのか? とりあえず今日の出来事はこんな感じだ。 沙織がお嬢様姿で登場した事には驚かされたが以前の様な厄介な出来事もなく終わる事が出来た。 こんなにも跡を濁す事もなく終わったのは今まであったのか?俺以外の三人も満更でもなさそうだったし。 ……ただあえて気になる事を挙げるとしたら、やはり沙織の事か。暇があれば聞いてみようか。 気になると言えば黒猫もだな。あいつについては近いうちにあの校舎裏での出来事について詳しく説明してもらうよう白状させたほうがいいな。 とある電車内での出来事…… 「ヒソヒソ……ヒソヒソ……」 周りからの視線が異様に痛い。 別に嫌悪感を持たれたりいかがわしい眼で見られているわけではないが、彼ら――ごく普通の過程で生まれた方々――が 何故このような場所に私―― 一般人とはかけ離れた存在――がいるのか疑問に感じているのは典型的な差別であろう。 それにはとうの昔に慣れたはずなのにいつもよりも肩身が狭く感じてしまっている。 無理もない。今日のオフの様に自分らしくないミスを犯した理由は、既に自分自身理解しているのだ。 それに立ち向かわなければいけないのに何の行動も起こさないでいる。私の中で、みんながいなくなった日から時間が止まっているのだ。 京介氏やきりりん氏に励ましてもらったはずなのに、未だに素顔を晒すことに抵抗を感じているのもそのせいだ。 なんというドジ、グズ、マヌケ。自分自身で立ち向かう勇気もなく、ただ誰かに助けてもらう事しか考えない能無し。 ……でも。 でも、やはり怖い。彼らは多分信頼するに値する人物だ。そうは思っててもどうしても恐怖の方が勝ってしまう。 また一人になってしまうという恐怖が。実際にきりりん氏がいなくなった時は本当に世界に自分だけが取り残された気さえした。 荒れた大地に吹く乾いた風が再び私の内にも流れ込んだ気がした。 このままではいつまでもこの恐怖を抱き続ける事になるだろう。 あの日、きりりん氏や京介氏、黒猫氏は隠しているもの全てが私自身であると認めてくれた。この時はそれで良かった。 だが隠しているだけではいつまでたっても変わる事は無い。それではいけないのだ。 一度目の勇気はSNSでのコミュニティの幹事を務めた時。あの時に合わせた衣装は京介氏たちと遊ぶ時のあのオタクファッションだ。 二度目の勇気はあの日、みんなでコスプレを披露した時。殆ど京介氏たちのおかげではあるが、ここでようやく自分の素顔を晒す事が出来た。 二度の勇気では足りない。今一度、なけなしの勇気を奮い立たせて。 … ――ツーツー またか。溜息をついて携帯電話を切る。俺はとある友達に電話をかけている。何の用かって?簡単な励ましだ。 あの後も何事もなく帰って行ったがやっぱり様子がおかしかったからな。 お節介かもしれないけど友達が何かあったら見過ごすことはできないんだよ。 んでさっきから電話してるんだけどずっと話し中で繋がらないんだよ。いくらかけてもこの音だ。 仕方ない、少し待ってからもう一度かけ直すか。 携帯電話を机の上に置き、受験勉強の続きをしようとシャーペンを取ると突然携帯電話の着信が鳴った。 確認すると、沙織からだった。 「はーい、もしもし」 「京介さんですか?私沙織でございます」 「ぶっ!!」 まさかの不意打ちだった。一体誰があっちの沙織が出る事を想像しただろうか。 格好だけでなく声色さえ変わってしまうから恐ろしい。 「ど、どうしました!?お体の調子が優れないのですか!?」 「い、いや大した事じゃないから大丈夫だ。それより用があって電話したんじゃないのか?」 「そ、そうですわ。……京介さん、貴方に頼みたい事がありますの」 沙織の口調が一段と真剣なものになった。 「私と付き合って頂けませんか?」 ――午前八時頃 最寄駅近辺の某所。日曜の昼過ぎだというのに人の動きがまばらである。 本格的な夏が近いためか梅雨であるにもかかわらず晴れ晴れとした気候となった。 ただじめじめしているのは変わらないため不快度数は高めだ。 待ち合わせ時間から数十分過ぎたところで聞き覚えのある声をかけられた。 「も、申しわけありません!先日に続いて待たせてしまって……」 そう声をかけたのは、清楚という単語が似合うと誰もが思うであろう、沙織の姿だった。 麦わら帽子に白いワンピース……伊達眼鏡付きで。 「……」 「……え?」 近くのビルのガラス窓があるところへ移動して自分の姿を再確認させた。 途端、沙織は顔を赤らめてそのまましゃがんでしまった。……やはりデジャヴか? 「もう私お嫁に行けませんわ……」 「ま、まあそんなに気を落とすなって。どうせだれも見てねぇよ」 そう彼女を励ますも、どう見ても(特に男性に)一目おかれる格好であるからしてこの存在に気付かないアホはいないだろうなぁ。 俺は彼女の肩を軽く叩いてやり、近くの小さな公園に向かった。 そう、見れば分かる通り俺と沙織は付き合っt……ということは一切無く、そんな色恋話とはほど遠いものだった。 一週間前。沙織からの電話。 あのストレートすぎるお願いの先は、相談したい事があるから次の週の休みに付き合ってほしいというものだ。桐乃や黒猫には内緒で。 何故あいつらに相談しないでこの俺なのか。わざわざ俺ん家ではなく人気のない公園での相談なのか。 そしてこいつが相談したい事とは何か。その時に全て話すと。 しばらく歩いていると目的の公園に到着した。 このような場所には大抵我らがお婆ちゃんこと麻奈実さんと散歩するくらいしか行かないから妙な新鮮味がある。 「も、もう京介さん私の身体をじろじろと見ないで下さる? 恥ずかしいですわ……」 えーと。突然のことで何の事かわかりませんが何を勘違いされていらっしゃいますのでしょうか? あなたは俺をどうしてもド変態と決めつけたいのでしょうか? 「そんなこと……さっきだって私の肩を叩いて……もう、スケベ、ですわ」 ……肩を軽く叩いたくらいで変態呼ばわりかよ。 しかし実際待ち合わせで顔を合わせた時から気になってはいた。 いや、気にならないっていうのがおかしな話だろうよ。 いつもはぐるぐる眼鏡をかけてオタクファッションを着て飄々と話す姿しか知らなかったんだ。 それが、実は本当に小心者で、おっちょこちょいで、でも根っこの部分は何一つ変わらなくて。 そんな奴が優しいお嬢様のように接してくるんだぜ? はっきり言おう。さっきからずっとドキドキしているさ。 他の誰かにいかがわしいと言われようがこれが男の性なんだ。否定する事の方が無理な話だよ。 「せっかくなけなしの勇気を振り絞ってこんなにもエロエロな格好とシチュエーションを選びましたのに、流石は京介お兄様ですわね……」 もう分かっちゃいるが、やっぱりあんた根っこの部分は何一つ変わんないのな! 仮にそんな趣味の持つお嬢様がいても、目の前の男にそんな台詞言わねぇよ! 色々とツッコミを入れるのが疲れてきたので、そろそろ本題に入ろうか。 「沙織、お前俺に話があるんじゃなかったのか?」 「……っ」 途端、沙織の表情がエロ親父の表情から一変して焦燥に似たものになった。 何かにオドオドしているようなそんな感じがした。 「……そ、そうですね!とりあえずあそこのベンチに腰掛けましょうか」 まあ立っているのも疲れるので沙織が見つけた比較的小さなベンチに座った。 あらかじめ家で用意しておいた冷やしておいた飲み物を沙織に渡してやる。 「えっ!?申し訳ありません、わざわざ冷たい飲み物まで頂いて」 「いいんだよ、今日は暑くなるって言ってただろ?俺が飲みたかったから持ってきたんだよ。それに、」 「それに?」 「なぜかお袋に弁当まで持って行けと渡されてな……」 とうのお袋にはいつもの友達と会うとは言ってあるのだが、その友達を麻奈実と勘違いしたらしく いつも世話になっていて悪いからこれでも持って行きなさい!と半ば強引に手渡されてしまった。 その時の桐乃の鋭い視線がたまらなく痛かった気がする。 「まあ、良い母様なのですわね」 「色々と抜けている母親だけどな。そういえば沙織は両親とは別居してんだけ?どんな人なんだ?」 「そうですね、母様も父様も厳しい方です。幼い頃から言葉をきちんとしろ、礼儀は正しくしろ、等々徹底的に教え込まれました」 「そっか。そういやお前には姉が……あ」 「……」 やべぇ。触れてはいけないことを言ってしまったかもしれない。 こいつの思い出の中では姉にまつわるものは哀しいものでしかなかったはずだ。 その影響で遺されたアサルトグッズとかで一人で遊んだり、主に眼鏡を変えて自分自身を変えて人と接したりしたのだから。 謝った方が良いかもしれないか。 「なあ、沙織。その……ごめんな」 沙織からの返事は無い。ただ先程までのオドオドした様子はなく、むしろこいつの中で決心を固めたような表情だった。 「京介さん。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。折り入って相談事があります」 「な、なんだ?」 「あの日……京介さんやきりりんさん、黒猫さんが突然私のマンションに訪れた時の事を覚えていますか?」 ああ、覚えているさ。忘れるわけがないだろう。 姉に変装した沙織、幾つもの部屋にあるコレクションの展示の紹介、全員でのコスプレ写真会、そして沙織の初コスプレ披露。 沙織を励ます目的からここまで発展するとは全く思っていなかったが、コスプレっつーのも案外悪くないものだったし、 何より沙織の別の姿とこいつの本心を聞く事が出来たことが何よりの収穫だった。 こいつも人には言えない事を幾つも抱えて、それをようやく吐きだすことができた。嬉し泣きされたときは我ながらむず痒かったんだぜ? 「はい、私もあの日は忘れる事が出来ない大切な思い出だと思います。ですが、」 「あの日から過ぎても、ずっと気持ちの悪くなるような夢ばかり見るのです」 そういえば、沙織が色々とカオスな格好で俺ん家に訪れた時に嫌な夢を見て朝寝坊してしまったと言ってた気がする。 もしかしてそれも何か関係があるのか? その通りです、と沙織。その夢の内容も聞かせてもらったが……何だよそれ?寂しそうなフィギュア? そのフィギュア、どうとらえても……。 「私の姉とその友人方との思い出は楽しかった。それと同時に私だけでは抱えきれないものを置いて行かれました」 そうか、大体読めてきたぞ。こいつは、沙織は未だにその過去を現在まで引きずって生きてきたのだ。 その消えない傷跡が、こいつが見た夢や最近様子がおかしかった原因だったのだろう。 さらに遡れば、桐乃が何も言わずに海外へ行ってしまった時も間接的な原因であるかもしれないのだ。 それまでは面白おかしいキャラを作り続ける事が出来たが、この日を境に今までの溜めてた感情が表へ出ていた。 こいつは……どれくらい苦労して今までやってきたのだろうか。姉や友達がいたときはまだ良かったかもしれない。 彼女らがいなくなった後、多分桐乃や黒猫と同じく自分の趣味を共有できる仲間がいなかったのだろう。 そうでなきゃ一人サバゲーごっこや、千は超えるコレクションにあったプラモなどのグッズの世話なんて普通やらねぇよな。 「正直言うと、あのコレクションたちを遊んであげないと寂しがるかな、と言ったのは嘘だったようです」 それでだ、俺がこいつにしてやれることはなんだ? 「寂しかったのは……私だったんですね。認めたくなかったんだと、思います」 桐乃や黒猫も呼んでパーティー開いて励ますか?駄目だ。 コスプレを披露した時に実行して沙織自身が現在の状態だ。効果がないのは明白だ。 同じ理由でいつもの三人でエロゲや秋葉原などへの買い物も同様だ。 ならば俺とこいつで……ってなんでそうなる!? 三人がだめなら二人でという発想をしてしまった俺自身を今すぐ蹴り倒したくなってきた! 「私は、今までの過去――姉さんとその友達との思い出――と決別したいのです。」 こいつは桐乃や黒猫ではなく、どういうわけか俺にこの相談を持ちかけたのだ。それは何故か。 あいつらに心配をかけたくないというのもあるかもしれないが、多分それだけではないだろう。 それほど俺は信頼されている……なんて考えるのは自分が天狗になっているだけかもな。 「しかし、恐い。恐いのです。どうしても過去を忘れて未来を見据える。そんな簡単なことが、私にはできないのです」 馬鹿野郎、何がそんな簡単なことだ。 俺だって忘れたい事なんて山ほどあるし、その中でも忘れたいと思って忘れたことはほんの一握りだよ。 俺だけでない。桐乃や黒猫だって同じことが言える。 まあ俺の場合はむしろその逆で悩んでいるんだけどな。 「私は……どうしたら……よろしいのでしょうか?」 それでもこいつにしたら深刻な問題なのだろう。こいつだって何も努力してないわけじゃない。 わかるさ、オフ会でのこいつの行動や言動を確認してればな。 桐乃と黒猫をくっつけようとした時、落ち込んだ俺を励まそうとパーティーを開いてくれたり。 むしろよく一人でやってきたと思うよ。 「……京介さん?」 そんなことは今はどうでもいいが……だめだ、良い案が思い浮かばねぇ。桐乃の人生相談の時はいつも出てきたのに。 いや、あの時は麻奈実や親父とかの力を借りたんだっけ。虎の威を藉る狐ってまさに俺の事じゃん。 ……俺ダメ人間だな。今更だけど。 「……あの、大丈夫でしょうか?」 ちょ、沙織さん!?あまり顔を近づけないでください!?顔近いっすよ、顔が!? 沙織はずっと話しているのに返事がない俺を心配するような表情で覗いている。 しかし覗いてくる顔が近すぎて、焦り出した俺はさらにパニック状態になってしまった。 だめだ、頭の中が真っ白になってきた。……あれ、ていうかどうしてこうなった? 確か沙織が相談事を持ちかけて、話を聞いていない俺へ近づいて……ああ、そうか。 「沙織。どうしたらいいか、教えてやろうか?」 「は、はい!どんなことでもおっしゃってください!覚悟はできてますから」 俺は大きく息を吸い込み、そして吐く。 「お前はな、……て……なんだよ」 「はい?すいません、よく聞こえなかったので今一度」 「お前は男に対して無防備過ぎなんだよ!」 「え?」 「お前はいつもの俺たちと会っている時のオタク姿やサバゲーするときの姉と自称した姿のときは普通に付き合えていた。 それは何故だか分かるか?男が興味を引かないような格好をしているからなんだよ!今のその姿、いやその格好の時の お前の性格自体が既に魅力的過ぎるんだ!だから……お前はこれから『恋』をしろ! お前の姉の友達だって恋人が出来てオタク辞めちまったのもいるんだろ? それぐらい『恋』をすると人間変わっていくってことだ、わかったかぁ!」 「……」 「……ハッ!?」 俺はようやく頭の真っ白な世界から脱出に成功したと思ったら、隣で座っている沙織が口を小さく空けて茫然としていた。 えっと、私は一体何を喋ってしまったのでしょうか……? 今思い出せることといったら「『恋』をしろ!」という部分だけなのだが……。 ちょっと何してやがんの!?一体何を言ってしまいやがったんですか、俺!? もしかしてとんでもない事を沙織に口走ってしまったんじゃ……。 「……っぷ」 「?」 「あっはははは」 沙織さん、どうして笑ってしまっているのでしょうか? 「あはは……申し訳ありません。まさか京介さんがあんなにもマシンガンの如く力説していらっしゃったもので」 「は、ははは……」 「ですから、これからどれだけかかっても構わない。私自身を前へ押し進められるように努力していきますわ」 「お、おう!そう思ってくれて嬉しいわ!」 よ、よし!何を言ったか覚えていないが、どうやら良い方向には進んでいるみたいだ。 「さて、お前の機嫌も良くなったことだしそろそろ帰るか?こう暑くては身が持たないだろう?」 そう言って、俺はベンチから腰を上げようとした。 が、鞄を引っ張られている感じがして中途半端に立ち止まってしまった。 隣を見ると、沙織が不満そうな顔で見つめている。 「まだ、相談事は終わっていませんわ」 「へ?だってお前、」 「その前に、京介さんの母様がお作りになったお弁当を頂きましょうか。折角作って頂いたのに申し訳ありませんし」 そういえばお袋に手渡された弁当にまだ手を付けていなかったな。 なにかうやむやにされた気がするが、こんな小さな公園に来て食事をするなんて滅多にできないことなんだ。今は置いといていいだろう。 俺と沙織はしばしお袋の作った下手な手料理を食すのであった。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1298520872/760-794 俺、高坂京介には彼女がいる。 妹、高坂桐乃のオタク趣味に巻き込まれたことによって知り合った、桐乃のオタク友達であり喧嘩友達でもある五更瑠璃、通称黒猫。 マスケラというオサレ系厨二病アニメ(桐乃談)をこよなく愛し、そのマスケラの登場人物であるクイーン・オブ・ナイトメアのコスプレのゴスロリファッションをよくしている、ちょっと変わった女の子だ。 付き合い始めたのは、俺が高校3年生だった時の、夏休み終盤。 あの頃はひどくバタバタとしていたものだが、今となってはいい思い出だ。 そんな黒猫と付き合い出してから、今に至るまでの日々は、そりゃあ濃密だった。 それまで言ったこともなかった恥ずかしい言葉を言い合ったり、たくさん抱きしめ合ったり、キスしたりもした。 毎日のように連絡を取り合い、毎日のように会っていた。 それでも足りないと思えるぐらい、俺は黒猫のことを愛している。 それは高校を卒業し、大学に通っている今でも、変わっていない。 しかし、カップルの宿命というのだろうか(黒猫以外の奴と付き合ったことはないが)、今俺達はある窮地に立たされていた。 「だから違うって言ってんだろ!?」 「何が違うと言うの?私が納得する説明をしてみなさい」 「それは…!」 「ほら、出来ない。所詮、あなたもそこら辺の野蛮な男と変わらないのね」 「…ッ!お前なぁ!」 …そう、俺達は遂に 大ゲンカ、をしてしまった。 そもそもの原因は、少し前から行っていた、ある事が関係しているのだが、これは、どうしても黒猫には言えなかった。 詳細はまだ語れる時ではないのだが、何故黒猫がこんなに怒っているのか、それを話そうと思う。 話は、数日前に遡る。 *** 黒猫に呼び出された俺は、集合場所の秋葉の某バーガーショップに来ていた。 腹があまり空いてなかったので、コーヒーだけ買って店の中を散策すると、 隅っこの窓際の席に一人座っていた、いつものゴスロリファッションの黒猫を見つけ、声をかけた。 …が、黒猫は何故かこちらをギラッと睨みつけてきたと思ったら、「フンッ」と言ってそっぽを向いてしまった。 どうやら、ご機嫌ナナメのご様子。 しかも、態度から察するに原因は俺。 いや、集合時間には遅れてないはずだし、何かした覚えもない。 困惑していた俺に、「早く座りなさい」と促してくれた黒猫だったが、相変わらずそっぽを向いている。 何がなんだかわけがわからずとりあえず黒猫の前に座るが、相変わらずこっちを向いてくれない。少し泣きそうになった。 「―――あなた。なぜ今日呼ばれたか、わかっている?」 目だけをこっちに向けて、黒猫はやっと口を開いた。 「いや、全然」 明日何時にここに来てとしか書いてなかったメールから、どうやって目的を知れというのだこいつは。 「まぁ期待してなかったし、いいわ」 と、内心呆れたかのように言う黒猫。 ヒデー言いようだなおい。 黒猫は財布を取り出し、その中に入っていた写真らしき物を数枚俺の前に広げた。 「…!?」 「これは、どういうことかしら…?」 そこに写っていたのは、俺の幼なじみであり同じ大学へ通う田村麻奈美と、その横で親しげに話している ―――俺だった。 「こ、これは…!」 「一緒に帰る、ぐらいならまだ許すわ。だけど…」 俺の前に置いていた写真の内の一枚を手に取り、俺に向ける。 「これは、どう説明するつもり?」 それは、俺と麻奈美がある和菓子屋に入る瞬間の写真。 ただの和菓子屋ならともかく、そこは… 「ここ、たしか田村先輩のお家よね?なぜあなたが一緒に入っていってるの?」 そう、麻奈美の実家は和菓子屋であり、名前も田村屋。写真には見事に『たむらや』と掘られた看板も写っており、もはやごまかしは効かない。 「そ…そりゃあ、和菓子買ってたに決まってんだろ!」 「へぇー…」 黒猫は、別の写真を手に取り、2枚こちらに向ける。 「2日連続で和菓子を買いに行ったの?あなた」 よく見ると、写真には、日付と時間が表示されており、2枚は違う日付を表示していた。 くっそぉ~!まさか一日だけじゃなかったなんて! 「つか誰だよこれ撮ったの!?」 無理矢理話しを変える。 「赤城さんよ。偶然通りかかったところを、持っていたデジタルカメラで撮って、プリントして私にくれたの」 あの腐女子があぁぁぁぁ!! 今度あいつの兄貴に怒ってもらってやる!! …いや、わかってるよ!?無理なことぐらいはさ! 「―――で、もう一度聞くけど、これは何「こ、これは…その…」 ―――マズイ、何と説明すればいいんだ…? 本当のことを言ってしまえば、今までの準備が全てパーになっちまう。それだけは、絶対に避けたい。 どうにかして、この場は誤魔化すしかなかった。 「べ、勉強を一緒にしてたんだよ!!」 「勉強…?」 「ああ、そうさ!!」 正直、黒猫に嘘をつくのは心が痛かったが、こうなればとことん誤魔化すしかなかった。 「なぜ図書館ではなく、わざわざ田村先輩の家で勉強するの?」 「い、今の時期は、図書館は人が多いんだよ!行っても勉強出来ない時もあるし、それなら私の家で勉強しようって麻奈美が誘ってくれたから…」 「ずっと、田村先輩の家で、一緒に勉強しているってこと?」 「ん、まぁ…ほとんど教えてもらっているんだけどな…」 ちなみに、時折一緒に勉強をする時もあるが、本当の目的は、全く違う。 ただ、それを黒猫に言うわけにはいかなかった。 「なぜ、黙っていたの?」 「そりゃあ…彼女じゃない女の家に入り浸ってるなんて、言えねぇだろ…」 「自覚はあるのね」 「まぁ…、そりゃ…な」 「…そう」 黒猫は、黙ってしまった。 ここで、黒猫がまた口を開くのを待つのは、間違いだろう。俺が、言わなきゃいけない。 言うことは、決まっていた。 「黒猫」 「…なに?」 「勉強が必要なくなったら、もう麻奈美の世話になることもなくなる。そうしたら、今までの埋め合わせをするよ。 寂しい思いをさせた分も、それ以上に楽しい思いをさせて、上書きしてやる。だから…今は待っててほしい。それまで寂しい思いをさせると思うけど…」 「あら、私がいつ寂しいと言ったかしら?自惚れるのもいい加減にしなさい」 黒猫はこちらを向いて、いつもの笑みを浮かべていた。 言っていることはヒデーが、どうやら調子を取り戻してくれたようだ。 「―――でも、今言ったことを忘れたら…呪い殺すわよ」 「…おう」 俺の彼女は、やっぱり可愛かった。 「あと、私に内緒で、他の女と会うのもダメ」 「……」 「わかったのかしら」 まるであやせの纏っている黒いオーラを見せて聞いてくる黒猫に、若干の恐怖を感じた。 「ハイ!!わかりました女王様!」 「よろしい」 そう言って、黒猫はスクッと立ち上がった。 「それで?今日は一日中付き合ってくれるのかしら?」 ――そんなこと、 「当たり前だろ?」 ―――その日の夜、俺はとある奴に電話を掛けていた。 その相手とは…、 『はい、もしもし』 「久しぶりだな、赤城」 『お久しぶりです、高坂せんぱい!』 俺が通っていた高校の後輩で、俺の同級生で級友の赤城浩平の妹であり、黒猫の友達でもある、赤城瀬菜だ。 『突然どうしたんですか、高坂せんぱい?』 すっとぼけているわけではないみたいで、電話した理由を、どうやら本気でわかってないらしい。 「お前、黒ね…五更に、俺と麻奈美が一緒に歩いてるのを撮った写真渡しただろ?」 『ああ!そーですよ!!ダメじゃないですかー!!浮気するなんて!』 「うぐっ…!」 説教しようとしたら逆に怒られた…! 「あ、あいつとはそういう関係じゃねぇし、そんな気もさらさらねぇよ!」 『それでも、他の人から見たらそう見えても仕方ないんですよ!?ああいうのは自分で意識して、自制しないとダメですよ?』 「ぐっ…!!」 あれ~?おかしいな~? なんで俺が説教受けてるんだろ?なんか腑に落ちないんだけどなぁ~? ―――ただ、この後輩の言うことは、一つも間違っていない。悔しいが。 「反省してます…」 『それでいいんです!』 女の後輩から説教される、男の先輩である俺。 威厳もへったくれもありゃしねぇなホント。 『もうダメですよ?お兄ちゃんという人がいながら他の人に手を出すなんて…』 「おぉぉぉぉぉぉぉい!!」 今なんつったこの後輩!? ガンッと壁を叩く音が聞こえる。 恐らく、桐乃の『うるさい』という無言の文句。 だが、スマン桐乃。今は我慢してくれ。 こいつには、叫ばずにはいられない。 『お兄ちゃんに話したら喧嘩になるんじゃないかと思って、代わりに五更さんに先輩を注意してくれるよう、言っておいたんですよ?私の気遣いに少しは感謝してほしいですよホント』 「ホント余計なことしやがって!!」 そのまま赤城だけに伝えてくれてたら、どれだけ良かったことか!! 『余計なこと…?―――ハッ!!も…もしかしてお兄ちゃんに攻められるためにわざと』 「いい加減妄想から帰ってこいや!!」 こいつ、遂に妄想と現実の境界を越えやがったのか? おい、赤城!!病院連れていけ!今すぐ!! そう、赤城瀬菜はいつもは真面目で潔癖症な委員長タイプの女子なのだが、実はBLやガチホモ系統が大好きな腐女子なのだ。 しかも、2次元だけでは飽き足らず、3次元の男と男が絡むシチュエーションを一瞬で妄想できる、(いかれた)頭の持ち主だ。俺も、こいつの妄想の被害にかなりあっていた。(どうやら)現在進行系で。 特に俺が瀬菜の兄である、赤城浩平と仲が良いことを知ってからは、俺と赤城の絡みをよく妄想しているようだ。 てか、ここまで説明しといて何だが、説明している自分が気持ち悪くなってきた。 「とにかく!!俺とお前の兄貴はそういう関係じゃない!つか、俺お前には五更と付き合っているって話してたよな!?」 『あれ?その後別れて、ショックが大きかった高坂先輩を、お兄ちゃんが慰めてそのまま愛を深めたんじゃなかったでしたっけ?』 「なんでお前の中では、俺達別れてることになってんの!?」 ちなみに、俺にはそっちの趣味はない。 断じて、ない。 「別れてねぇよ!そんな修羅場も起きてねぇよ!ずっと愛してるよ!ラブラブだよ!」 『す…凄く愛されてますね、五更さん…』 若干、瀬菜が引いていた。 つか、『俺達バカップルです』って宣言しているもんじゃねぇか。何言ってんだ俺。 『…ま、まぁ冗談はこの辺にしておきます…』 「…」 こいつの『冗談でした』は、ハッキリ言って信用出来ない。 だが、もし本物に冗談だとしたら、俺は瀬菜に乗せられて、一人赤っ恥をかいたことになる。 …ヤバイ、凄く恥ずかしい。 『ともかく、先輩?』 「…なんだよ?」 『なんで、2日連続で田村先輩の家に行ってたんですか?』 あれ?こいつ、麻奈美のこと知ってたの? …まぁ大方、黒猫か赤城の奴が話していたんだろうな。 あまり気になることでも無いので、聞かないことにする。 「ん~…、お前になら、話してもいいかな…?」 『?』 「実はな―――」 『…そうだったんですか。…私、余計なことしちゃいましたね…』 「まぁ、過ぎたことはいいさ。ただ、今話したことは…」 『わかってます。五更さんには絶対に話しません』 「サンキュー、赤城」 『…高坂せんぱい』 「どうした?」 『…あの、できれば私も…』 「もちろんいいぞ。つか、いつか声をかけようと思ってたから、ちょうど良かったわ」 『あ、ありがとうございます!』 「気にすんな。んじゃ、詳細は決まり次第連絡するから」 『わかりました!お願いします!』 「ああ、じゃあまたな」 『はい!お休みなさい、高坂せんぱい!』 ―――パタン、と携帯を閉じる。 電話中に、壁が何度かドンドンいっていた気がするが、聞こえていないことにしておく。 部屋の電気を消し、ベッドの上に寝転ぶ。 今日は久しぶりに黒猫と一日中遊んでいたので、少し疲れた。 ―――明日も早いし、今日はもう寝るか… だんだんと重くなっていく瞼に逆らわず、閉じる。 ――この時、俺は知るよしもなかった。 次の日、俺にとって最大の修羅場が、待っていようとは。 この時の俺には ―――わかるわけが、なかったんだ。 *** 「すまねぇな、沙織。いつも付き合ってもらっちまって」 「なんのこれしき、お安い御用でござる」 次の日、俺は都内の繁華街(渋谷)に来ていた。 もちろん、一人ではない。 俺の隣には、ぐるぐる眼鏡にオタクファッションをした長身(悔しいが、俺よりも身長は高い)の女性がおり、正真正銘俺の知り合いだ。 彼女は自分を沙織・バジーナと名乗る、見た目通りのオタクである。 彼女も、桐乃のオタク趣味に巻き込まれたことによって知り合った、桐乃にとっても、もちろん俺にとっても、大切な友達だ。 いつもは、秋葉か俺の家でみんなで集まって、遊んだり話したりするのだが、今日は渋谷に、沙織と二人で来ている。 俺みたいな見たくれ凡人と、見るからにオタクな女が渋谷の街道を歩いてるんだぜ?もう視線が突き刺さってイタいイタい。 今回、こんな俺にはあまり縁のない、渋谷みたいなオサレ街なんかに来たのには、ちょっとした目的があるのだが…すまん、今は言えねぇ。 とにかく、俺達は渋谷を一通り回り、今一息ついたところである。 「一通り回りもうしたが、どうでござったか、京介氏?」 近くにあった自動販売機で買ったジュースを適当に座って飲みながら、話をする。 「うーん…、たくさん紹介してくれたのは、有り難かったんだけど…」 「最初に見たアレが、一番印象に残っているでござるか?」 「そうだなぁ~…。やっぱりアレを見た時の衝撃は、忘れらんねーなぁ…」 「やはり、そうでござったか。アレを見た時の、京介氏の目は見たこともない輝きを放っておりましたからなぁ~」 「輝きって…、どんな輝きだよ…?」 「それはもう!不思議の国に迷い込んだアリスのような輝きでしたぞ!」 「よくわからんわその例え!」 「あの時の京介氏の目で見つめられていたら…、可愛すぎて抱きしめてしまってたかもしれないでござる!」 「なっ…!」 沙織は、その長身と見事に調和したナイスバディーでもある。出る所は出てるし、引き締まる所は引き締まっている。 こんないい身体をしている女は、他には瀬菜ぐらいしか知らない。 そんな身体に抱きしめられたら、いったいどんな天国が見えるのだろうと考えると、抱かれてみたい気が…。 ―――って待て待て。俺は黒猫一筋だ。黒猫以外には抱きしめさせないし、抱きしめない。 あぶねぇあぶねぇ。危うく煩悩に従って、セクハラに走るところだったぜ…。 「き、京介氏?拙者、今一瞬、身の危機を感じたのでござるが…」 「気のせいだ」 ともかく、だ。 「本当に、助かったぜ沙織。こんなところ、桐乃に無理矢理連れてこられてしか来たことがなかったからよ。沙織が案内してくれたおかげで、今後の参考にもなったぜ」 「いえいえ!この程度のことならば、この沙織・バジーナ、いつでも京介氏の元に駆け付けてくる所属、でござるよ!」 「ハハ、そりゃあ頼もしいな」 沙織は、本当に頼もしい奴だ。 桐乃に黒猫を、そして俺と黒猫を巡り会わせてくれたのは、間違いなく沙織だ。 沙織がいなかったら、今の俺達は、存在しない。 それぐらい、かけがえのない存在なのだ。 「――さて、今日のところはこれでお開きとするでござるか」 「そうだな」 中身が無くなった缶を捨て、立ち上がる。 ふと周りを見渡すと、少し昔の、懐かしい記憶が蘇る。 一昨年前、桐乃に自身が書くケータイ小説の取材に付き合わされ、この街を訪れたことがある。 しかもその日はクリスマスイヴ、街行くカップルが多かったし、クリスマスのイルミネーションが凄かったことも、覚えている。それはもう、場違い感がハンパなかった(今もそうだが)。 あの時のことは、さすがに人に話せる内容ではないが、いい思い出だ。 …いろんな意味で。 あれから2年近い歳月が経った今、本当に変わったなと思う。 この街の景色も、桐乃も、俺も。 「?どうしたでござるか、京介氏?」 「いや、ちょっと昔の事を思い出してさ」 「―――何をやっているの、あなたたち?」 ピシッと、背筋が凍りつく。 気のせいであってほしい。 空耳であってほしい。 確かめたくないが… 確かめないといけない。 どうか、気のせいでありますように。 ―――しかし、運命の悪戯とは、残酷な様で、 振り向いた先にいたのは、紛れも無い、黒猫だった。 「く、黒猫…?どうしてこんなところに…?」 「…私が、『こんな』ところに来てはいけない理由があるのかしら…?」 そう、変わったのは俺と桐乃だけじゃない。 黒猫も、こんな人が多い街に来る様になるぐらい、変わっていたのだ。 ただ、それだけだ。 では、何故今日なのか。 それこそ愚問だろう。 そこに、理由なんて必要ない。 偶然この街に出てきて、偶然俺達に出会った。 それだけだった。 それだけだったのだ。 「…昨日、私言ったわよね?」 「…ああ」 「『私の知らないところで、他の女に会わないで』って」 「…ああ。言われた」 「なのに…」 黒猫は、キッと沙織を睨みつけ 「これは、何?」 と、言った。 この時、俺は愚かにも、黒猫に対して少し腹を立ててしまった。 全部俺のせいだと言うのに。 沙織を、「これ」と言った黒猫に、腹を立ててしまった。 「おい、黒猫」 「何?」 「これって何だよ?沙織がわからないわけじゃないだろうが」 「あら、その女が大事なの?彼女であるはずの私よりも」 「違う!そうじゃねぇ!」 「ホント罪な男ね、彼女がいながら他の女と逢引なんて」 「だから違うって言ってんだろ!?」 「何が違うと言うの?私が納得する説明をしてみなさい」 「それは…!」 言えない。 それを言ってしまったら、今までの苦労が水の泡だ。 だから、言えなかった。 「ほら、出来ない。所詮、あなたもそこら辺の野蛮な男と変わらないのね」 「…ッ!お前なぁ!」 直後、俺が言った一言が、黒猫の感情を爆発させてしまう。 「お前!ずっと俺のことをそんな奴だと思っていたのかよ!?」 「そんなわけないじゃない!!!」 今まで聴いたことのない黒猫の大きな叫びで、周りが一瞬静まった。 「あなたはそこら辺の男とは違う!臆病で、怖がりで、ヘタレだけど!優しくて、勇気があって、頼りになって…!」 「―――大切にしてくれる…!」 ボソッと呟いた黒猫の顔は俯いて、どんな表情をしているのか、わからなかった。 だけど、震わせた身体とギュッと握られた拳で、何となくわかる。 俺は何も言えず、ただ黒猫の言葉を聴くことしか出来なかった。 「そう、信じていたのに…」 「黒猫…」 やっと言葉を絞り出した俺は、少しずつ黒猫に近づいて行く。 「本当に、違うんだ。何をやっていたのかは…今は言えねぇけど、黒猫が考え た様なことじゃない。…信じてほしい」 「―――何を信じろって言うの…?」 「…黒ね」 「約束した次の日から裏切られて、何を信じろって言うのよ!?」 こちらを睨んだ黒猫の目からは、涙が流れていた。 その問いに、答えることが出来ず、俺は再び口を紡ぐ。 言えるわけが、なかった。 ―――俺を、信じろなんて。 そんな何も言えない俺を見て、黒猫は踵を返し、走り出した。 「黒猫!」 「来ないで!」 伸ばした手は、届かず。 足は、びくとも動かない。 俺は、小さくなっていく背中を、見つめることしかできなかった。 「―――ごめんな、沙織」 「いえ、ただ黙って見ていた拙者も、申し訳ない…」 「沙織が、入れるわけないだろ?」 これは、俺と黒猫の問題なのだから。 「フフ」 「沙織?」 「いえ、部外者の入る余地なしと言われている気がしたのでござるよ…フフ」 「え、あ…」 顔が、熱くなっていた。 「―――京介氏は、本当に黒猫氏のことが大切なのですな」 「あったりめーだろ」 今更、何を言っているんだこいつは。 「しかし、黒猫氏のことは、どうするでござるか…?」 「―――俺が、何とかする」 正直、自信はない。 でも、今回のことは、俺じゃないと、何ともならない。いや、俺が何とかしない といけない。 「わかりました。黒猫氏のことは、京介氏にお任せするでござる」 「…サンキュー」 その後、俺は沙織と別れ、真っ直ぐ家に帰り着いた。 「…あ」 「…ただいま」 玄関先でばったり出くわした人物は、桐乃だった。 「あんた、今日どこ行ってたの?せっかく買い物に付き合わせてあげようと思ってたのに」 何がせっかくだ。その言い方じゃ荷物持ちになってたんじゃねぇか俺。 「ちょっとな…」 「あ、まさかアレのこと?」 言葉を濁したのに、相変わらずこいつはずばり言い当てる。 「…そうだよ」 「あんた、どうしたの?リストラされたサラリーマンみたいな顔してんじゃん」 ほっとけ!どうせ幸薄い顔だよ!! 「色々あって、疲れたんだよ」 「…ふーん」 聞いてきたくせに、あまり興味のなさそうに桐乃はその場を立ち去った。 「―――ねぇ」 階段を上がろうとした桐乃が、顔だけをこっちに向けた。 「なんだよ?」 「私はぶっちゃけあんまり乗り気じゃないんだけど、結構楽しみにしてんだからさ。主催のあんたがそんな顔してたら、何か不安になってくんの。だからそんな顔すんなバカ!」 そう吐き捨てて、桐乃は階段を上って行った。 不器用な桐乃なりの励ましだったのだろうか。 どちらにしろ、少し救われた気がした。 「―――ありがとうな、桐乃」 誰もいない玄関で、呟く。 どうにかしないといけないと、わかっているのだが… どうすればいいか、考えてもわからず、 ―――そのまま、3日が経った。 *** その日、学校から帰った俺は、麻奈美の家であり、和菓子屋でもある田村屋の裏手の壁に寄り掛かっていた。 「…ふぅ」 一息つく。ツー…と流れる汗を借りたタオルで拭きながら、空を見る。 見事な、夕焼けだった。 「お疲れ様、きょうちゃん」 いつの間にか側にいた、麻奈美から差し出されたペットボトルを有り難く手に取り、口をつける。 冷たい麦茶が喉を通るのを感じながら、生き返ったとしみじみ思う。 「サンキューな、麻奈美」 「えへへ~」 相変わらず、麻奈美はのほほんとした仕種をする。 その仕種に、心和む俺がいた。 「―――ねぇ、きょうちゃん」 「ん?なんだよ」 「最近、きょうちゃん元気ないけど…どうしたの?」 隣に寄り掛かって、俺の目を見て聞いてきた。 「…そんなこと、ねぇよ」 「きょうちゃん」 ズイッと顔を近づける麻奈美に、少したじたじな俺。 「な、なんだよ…」 「きょうちゃんは私が元気無かったら、どうしたって声を掛けてくれないの?放っておくの?」 「―――いや」 「それと同じだよ?きょうちゃんが私を心配してくれるのと同じで、私もきょうちゃんが心配なんだよ?」 「麻奈美…」 前にも、同じ様なことを言われた気がする。 なんで、こういう時の麻奈美は、押しが強いのだろう。 昔から変わらないな、こいつだけは。 「わかったよ、たく…」 観念した俺がそう言うと、麻奈美の表情は、パアッと明るくなった。 全く、ホント敵わないよ、お前には。 「――てわけだ」 俺は、黒猫に麻奈美の家に通っていたことがばれたこと、その時に内緒で他の女と会わない約束をしたのに、沙織と二人で渋谷に来ていたのを偶然見られてしまい、喧嘩してしまったことを、できるだけ詳細に話した。 話が終わると、麻奈美は「そっかぁ…」と呟いて、うーんと唸りながら、何やら考えているポーズをしている。 「黒猫と付き合って、こんなこと初めてでさ。どうしたらいいのかさっぱりわかんねーんだわ…」 「きょうちゃん不器用だもんねー」 「うっせえ」 お前が器用すぎんだよ。 「―――多分、怖いんじゃないかな?黒猫さん」 「…怖い?」 麻奈美から発された言葉は、意外なものだった。 「きょうちゃん、誰にでも優しいから」 麻奈美はいつもの口調で言っているはずなのに、 なぜか、その一言には棘があるように思えた。 「本当に、自分が特別な存在なのか…恋人として、見られているのか…は言い過ぎかな?とにかく、不安なんだと思うよ?」 「不安…」 「きょうちゃんにとって、黒猫さんはどんな存在?」 「どんなって…」 「私や、きょうちゃんの知り合いの女の子と同じなの?」 「違う」 はっきりと否定する。 だって、当たり前だろう。 「黒猫は、俺にとって最も大切で、最も必要な存在だ」 そう、黒猫と同等の存在なんて、いない。 黒猫は、一人だけだ。 「うん。そうだね」 「わかってて聞いたのかよお前は」 「うん」 何と言うエスパー。今度からはエスパー麻奈美と呼ぼう。 「きょうちゃんのことは、だいたいわかるよ?」 俺限定かよ! 「黒猫のことも、わかってたじゃねぇか」 「黒猫さんのことは、あくまでも予想だよ~」 「予想でも、わかるもんなのか?」 「…私だって、女の子だよ?きょうちゃん」 つまり、こういうことか。 男にはわからない、女の共通の気持ち。 だから、麻奈美にはわかったのか。 「…きょうちゃんにとって、一番は何?」 「…は?」 突然、麻奈美がそんなことを聞いてきた。 「私にとっての一番はね、きょうちゃんなの。―――きょうちゃんと一緒に学校に行って、一緒に喋って、一緒に勉強して…。私はきょうちゃんと一緒にいられれば、それが一番なの」 麻奈美はそこまでで一旦区切って一息つき、もう一度、俺に聞いてきた。 「ねぇ、きょうちゃんにとっての一番は、何?」 ―――そんなの、決まってる。 「―― 」 その答えに納得したのか、麻奈美はうん、と言って頷いた。 「それを、伝えてあげれば、きっと大丈夫だよ」 そっか、悩む必要は無かったんだな。 結局、俺は俺のやり方でいくしかないわけだ。 「サンキュー、麻奈美。なんかスッキリしたわ」 「うん。いい顔してるよ、きょうちゃん」 「カッコイイか?」 「うん!」 さて、やることは決まった。あとは… 「麻奈美、明日大学休むから、すまんが一人で行ってくれ」 「うん」 麻奈美は、ポケットからはみ出ていた封筒を取り、俺に渡した。 「頑張ってね、きょうちゃん」 ―――田村屋からの帰り道、俺はふと麻奈美の言葉を思い出した。 『――私にとっての一番は、きょうちゃんなの』 おいおい麻奈美、これはまるで… 俺が好きだと、告白しているみたいじゃねぇか。 *** 次の日の夕方、俺は懐かしい校門の前にいた。 もう卒業して、来る必要の無くなった高校。 なぜそんなところにいるか?待っていたのさ。 「……!」 俺を見た瞬間、驚いた表情をしているそいつ、黒猫を。 「黒猫」 「…ッ!」 俺に呼ばれてハッとした黒猫は、有無も言うことなく、走り出した。 「ちょ、黒猫!」 走り出した背中を、追いかける。 もう、迷いは無かった。 「待てって…黒猫!」 しばらく走ってやっと追いついた俺は、黒猫の右手を掴む。 「―――ッ離して…!」 「いいや、離さねぇ!」 「あなたと話すことなんてない!」 「俺にはあるんだよ!」 黒猫の力が抜ける。 俺も、掴んでいる手の力を緩めた。 どうやら、逃げ出す様子はない。 「聞いてくれ、黒猫」 「今更、何を…」 「ごめんな。約束、破って」 「……」 「俺は、取り返しのつかないことをしたと思う。お前の信頼を、裏切るようなことをしたと思う」 黒猫はこちらを向かず、ただ黙って聞いていた。 「―――でもな、黒猫」 今こそ、伝えよう。あの時、言えなかったことを。 「俺にとって、一番はお前だから!」 黒猫の身体が、ビクッと震えた。 「一番大切なのも、一番一緒にいたいのも…。―――一番、必要なのも、お前なんだ!だから黒猫…ッ!?」 突然、腹に何かが突っ込んできた。 目を下にやると、俺の胸に顔を埋めて抱きついている黒猫がいた。 「―――遅いわよ、バカ…!」 「え、あ…」 混乱していた俺だったが、少しずつ落ち着きを取り戻し、黒猫の頭に手を置く。 なんか、似たようなことがあったな昔。 「ごめんな…」 ただ、あの時とは状況が全く違うが。 「ずっと、待っていたのよ…!連絡したいけど、会いたいけど、怖くて…!あなたが来てくれるのをずっと待っていたんだから!!」 そこまで言った黒猫は、嗚咽をこぼした。 4日間、会えず、話せずの状態が続いたのだ。黒猫にとっては、とても辛かったのだろう。 たった4日間?ふざけるな。 毎日のように会って、毎日のように連絡を取り合ってたのだ。 それが、4日間も出来なかったのだ。 「―――ごめんな。本当に、ごめんな」 「バカ、バカ…」 ポカポカと、胸を叩く黒猫の背中に、手を回す。 ―――実のところ、4日間黒猫に会えなくて、俺もかなり滅入っていた。 だから、今この状況で俺は、 申し訳ない気持ちと、 とてつもない安堵感が心を占めていた。 ―――その後落ち着いた黒猫から聞いた話なのだが… どうやら、お節介な奴が二人ほどいたらしい。 一人は、赤城瀬菜。 瀬菜は、俺から電話があった後、即座に黒猫に電話を掛けて 『高坂先輩は大丈夫です!信じてあげて下さい!』 とだけ言って、電話を切ったらしい。 瀬菜にとっては、黒猫を安心させるつもりで言ったようだが… 「―――不信感が募ったわ」 「…ですよねー」 そりゃあ、突然の電話で突然そんなことを言われて突然切られたら、疑いたくもなる。 そんなことがあったからこそ、次の日が大変なことになったようで… そして、もう一人は、沙織・バジーナ。 俺と黒猫が喧嘩した後、とにかく誤解だけは解いておこうと、黒猫に会いにきたらしい。 なんとか誤解は解けたようだが、ではなぜあの時俺と二人でいたのかという質問には、沙織も『京介氏を信じてくだされ』とだけ言って、答えなかったらしい。 何をしていたのかも答えてくれないことに、混乱した黒猫は、俺に直接聞こうとしたらしいが、連絡をとるのが怖かったらしく、どうしても聞けなかったようだ。 だから、俺が連絡をしてくれるのを待っていたようだが… 「4日も待たせるなんて…。どうしようもないヘタレねあなた」 「…返す言葉もありません」 まあ、結果がどうあれ、二人のお節介が、俺には有り難かった。 「でも、田村先輩が…」 「ああ。あいつのアドバイスが無かったら、今日お前に会いに来ていたかどうかもわからねえ」 「そう…。――借りでも作ったつもりかしら…」 相変わらず、こいつは麻奈美が嫌いらしい。 「だからあいつはそんな奴じゃないっつーの!いい加減認めてやれよ!」 そう言った俺を、黒猫はじとーとした目で見て、呆れ果てたような溜息をついた。 俺、なんか変なこと言った? 「そうね、田村先輩は本当に優しいわね。―――腹が立つぐらい」 どうやら、黒猫が麻奈美を好きになることは、一生なさそうだ。 「それで?」 「…ん?」 「私、まだ大切なことを聞いてないのだけど」 「え、言わなかったけ?俺にとってお前が一番…」 「そ、それはわかったわよバカ!!」 顔を真っ赤にした黒猫は、相変わらず可愛かった。 「なぜ田村先輩の家に通い詰めていたのか、なぜあの時沙織と二人でいたのか。 理由を、聞いていないわ」 「あー…」 すっかり忘れてた。喧嘩の根本的な理由なのに。 ていうか、麻奈美と勉強していたっていうの、嘘ってばれてたのね。 「…すまん、まだ言えない」 「じゃあ、いつ言えるの?」 「明日」 「!?い、意外と早いのね…」 「ダメか?」 「そんなことはないけど…。それに、明日って…」 「ああ」 よっと立ち上がる。 「明日、学校が終わったら、校門前に待っててくれないか?迎えが行くらしいから」 「???わ、わかったわ…」 さて、準備は整った。 あとは、明日を迎えるだけだ。 *** ―――そして、今日。 俺達は、主役の登場を待っていた。 沙織によれば、既にこちらに着いて、そろそろここに入ってくるらしい。 ギイ、と扉が少し開く。 俺達は、構えた。 扉が完全に開いたのと同時に、 俺達は、手に持っていたクラッカーを鳴らした。 「―――え?」 突然の出来事に、何がなんだかわからないというような顔をしている本日の主役に、俺達は告げた。 「「「「「「―――誕生日おめでとう!」」」」」」 そう、今日は俺の彼女、 黒猫の、誕生日だ。 ―――話は1ヶ月ほど前に、俺が沙織に電話したことから始まった。 「どうしたでごさるか?京介氏」 「ああ、ちょっと相談があんだけど…」 「ほう!京介氏が拙者に相談とな!?それは聞かねばなりませんな!」 「なんか嬉しそうだなお前…。―――実はさ、来月あいつの…黒猫の誕生日だろ?」 「ふむ」 「その誕生日を、今年はみんなで祝ってやりたいんだ」 「それはまた、どうして?」 「あー、なんつーかさ…」 「俺達付き合って、一緒にいる時間が確かに増えた。けど…」 「そもそも、俺達が付き合えたのは、お前達がいてくれたおかげだし…そのお礼ってわけじゃないんだけど…」 「黒猫の誕生日を、祝ってあげたいのは俺だけじゃねぇだろ?だから…今年は、 みんなで盛大に祝ってやりてーんだ」 「京介氏…」 「だから、沙織がよければ…」 「もちろんでござる!会場、準備もろもろ用意しますぞ!」 「え?いや、そんなの俺ん家で…」 「いえいえ京介氏!どうせなら、黒猫氏がビックリするような大掛かりなパーティーにしましょう!サプライズならば、感動も倍増ですぞ!?」 「ハハハ、サプライズか…。――よし、沙織。会場とか任せていいか?」 「任せてくだされ!最高のパーティーにしましょうぞ!」 「ああ、もちろんだ」 ―――それから、桐乃達をパーティーに誘い、黒猫には内緒にしておくという共通の約束をして、今日のための準備をしていた。 まあ、会場や食べ物とかの準備はほとんど沙織がしてくれ、実質俺達は何もしてないに等しいのだが…。 つか、タキシードやドレスも用意してたのを知った時、正直たまげたぜ。 とにかく、いろいろあったが、今日という日を迎えることが出来た。 あとは、黒猫の反応がどうかという心配があったのだが… どうやら、サプライズは成功のようだ。 「あ、あなた達…」 「ごめんな、黒猫。ずっと黙ってて」 純白のドレスを着た(沙織マジナイスチョイス)黒猫に内心ドキドキしながら、冷静を装って話しかける。 「今年の黒猫の誕生日は、みんなで祝ってあげたいって思ってさ。サプライズにしたくて隠してたんだ」 桐乃、沙織、瀬菜、ゲーム研究部の面々… ここにいるみんなは、お前をお祝いしたくて集まって来たんだぜ? 初めてあった時とは違う。 お前には、こんなにも仲間が、友達がいる。 お前を、こんなにも祝福してくれる人達がいる。 俺のことじゃないのに、何だか嬉しくなった。 同時に、何だかわからない一抹の淋しさも感じたが。 「―――…ひっ……ひくっ…」 「く、黒猫!?」 え、なんで泣くの!? 「ちょ、ちょっとあんた!何泣かしてんのよ!?」 俺と同じく、動揺している桐乃が、俺を睨んで言った。 「えぇ!?俺か!?」 「あんたしかいないでしょうがバカ!!」 「えぇぇぇぇぇ!?」 んな理不尽な!? 「―――ち、違う…違うの…」 「「え?」」 泣きながら黒猫が言ってきた。 ちゃんと言葉に出来ない黒猫の肩をポンと叩いて、沙織が代わりに答えた。 「嬉しかったのでごさるよ、黒猫氏は。嬉しさのあまり、泣いてしまったのでしょう。…ね、黒猫氏?」 沙織の言葉にコクンと頷く黒猫。 「あり…がとう。…あり、がとう…」 ボロボロ泣きながら、黒猫は必死にそれだけは告げた。 ―――どうやら、サプライズは予想以上に大成功だったようだ。 *** 「誘ってくれて、サンキューな高坂」 「いえいえ、部長には俺も黒猫もお世話になりましたし、むしろこちらがお礼をしたいぐらいですよ」 「なら、お互い様ってことで、チャラにしようぜ。つか、俺はもう部長じゃないだろ?」 「あぁ、そうでした。元部長」 「なんかその呼ばれ方も、微妙だなぁオイ…」 俺は今、高校3年の時に入部していたゲーム研究部の元部長、三浦絃之助(ちなみに結構年上)と、同じくゲーム研究部員の真壁楓、そして瀬菜と談笑をしている。 「しかしあの時は驚きましたよ。『真壁、お前に後は任せた』って言ったと思ったら、いきなり卒業するんですから…」 「フ、寂しかったか真壁」 「いいえ全然。むしろ毎日が静かになって快適ですよ」 そう即答する真壁君の鋭いツッコミは相変わらず生き生きしていた。 「今は、高坂先輩と同じ大学にいるんでしたっけ?」 「高坂先輩と同じ…?―――ハッ!まさか高坂先輩と一緒にいたいから…」 「てめぇ妄想も大概にしとけよ腐女子!!!―――真壁君、こいつの妄想癖は相変わらずなの?」 「ハッハッハ…」 真壁君の微笑から、言いたいことが何となくわかった。 察してくれってところか。 真壁君も大変なんだな。 「ん?まぁ、高坂がいくから同じ大学に行ったってのは、事実だぜ?」 「「「!?」」」 俺と真壁君は後ずさる。瀬菜は目をキラキラさせて、三浦さんを見ていた。 「?なんで離れんだお前ら?」 「部長…彼女が出来ないからって遂にそっちの道へ…」 「お、俺はそっちの趣向はないんで!!ごめんなさい!!!」 「は?…って違う違う!何考えてんだお前ら!?」 「「え?違うの?」」 俺と真壁君は同時に聞き返した。 「違うわ!…ただ、高坂みたいな面白い奴と一緒にいたら、毎日が充実しそうだなと思っただけだ!」 「「……」」 ジト目で三浦さんを見る俺と真壁君。瀬菜はさっきから妄想の世界を堪能しているようで、一人ぶつぶつ言っている。 「そ、それより高坂。お前のお姫様がお待ちのようだぞ?」 クイッと三浦さんが指をさしたところには、桐乃と話しながらこちらをチラチラ見ている黒猫がいる。 気恥ずかしいのか、こちらと目が合ったらすぐにそっぽを向いてしまった。 「ほら、早く行ってやれ」 いつの間にか後ろにいた三浦さんに、ドンッと背中を押される。 「わかりましたよ。…それじゃあ、また」 「おう、またな」 「またいつか、高坂先輩」 そう言って、俺は三浦さん達から離れた。 ふと瀬菜の方を見ると…相変わらずトリップ中のようだ。 ―――そっとしておこう。 黒猫の元へ向かう途中で、ポケットの中を確認する。 探していたものは、すぐに見つかった。 それを取り出そうとした時、ドスンと背中に何かがのしかかってきた。 「京介氏、まだそれは早いでござるよ?」 「さ、沙織?」 俺の背中にベッタリと身体を載せている沙織が、そこにいた。 ―――つか沙織さん、マズイです。 背中に柔らかい何かが当たって気持ちいいんですが、こちらをチラチラ見ていた黒猫と桐乃がこっちをめちゃくちゃ冷たい目で見てますから!! つかニヤけてやがるコイツ!?わざとかコノヤロー!! 「京介氏のために、とっておきの場所を用意しておきましたので、そちらに行ってからでござる」 「はぁ?」 「とにかく!着いてきてくだされ!」 「お、おい!?―――ぐっ!ワイシャツ襟首引っ張るな!!首絞まってんだろうが!!つか着いていくじゃなくて無理矢理連れていかれてんじゃねえか俺!!」 「細かいことは気にしない、気にしない!」 「気にするわ!」 反論も虚しく、俺は沙織に無理矢理連れていかれた。 ああ…黒猫と桐乃の視線が冷たい… 「ここで待っててくだされ!黒猫氏もこちらにきますので!合図をしたらその時ですぞ!?」 そう言って、バタンッと扉を閉めて、去って行った沙織。 俺が置いていかれた場所は、2階のバルコニーだった。 「なんなんだ?たく…」 一人取り残された俺は、することもなく、とりあえずバルコニーの縁側へ行く。 夜風に当たりながら、外の景色を見る。 辺りは一面海で、夜風に乗ってきたかのように波の音が響いていた。 それほど都会ではないこの場所では、星が結構見えており、1階のパーティー会場 とは打って変わって、とても静かだ。 「綺麗だな…」 ボソッと、呟く。 今は誰も見ていないこの景色を一人で見ていることに、ちょっとした淋しさと優越感を感じる。 そんな中で、ロマンチストになってみたいって思うのは、俺だけじゃないはずだ。 「なに一人でニヤニヤしているの?ハッキリ言って気持ち悪いわよ」 「!?」 バッと声がした方を見る。 いつの間にかすぐ隣に、黒猫がいた。 「おまっ、いつからここに!?」 「ついさっきよ。私が入って来ても、あなたずっと外を眺めていて、全く気づかないんだから」 全く気づかなかったよホント。 どうやら、さっきの一人言は聞かれていないようだ。よかったよかった。 「―――綺麗ね」 「!!!?」 「どうしたの?そんな驚くようなこと言ったかしら?」 「い、いや…なんでもない」 「?変な男ね…」 クスッと笑う黒猫。いつもの人を見下した様な嘲笑とは違う、温かみがある微笑み。 見慣れたつもりだが、未だにドキドキしてしまう。 「…本当にどうしたの?今度は顔が真っ赤になってるわよ?」 「な、なんでもねぇよ!」 恥ずかしさのあまり、プイッとそっぽを向く。乙女か俺は。 こういう時、「お前の方が綺麗だ」って言うのが正解なのだろうが… そんなことを言えるほど、ロマンチストにはなれない。 「どれくらい前から、計画してたの?」 「ん?」 「今日の、私の誕生日パーティー」 「ああ、1ヶ月前ぐらいからかな…?まあ、ほとんど沙織が用意してくれたんだけどな」 「それはそうでしょう。私の迎えにあんな高そうな車をあなたが手配できるとは思えないわ」 「…ですよねー」 「この宴会場も、沙織が借りたの?」 「いや、ここは沙織の…眞島家の別荘らしい」 「!?」 「料理作ってくれてる人も、飲み物とか配ってくれてる人も、全部眞島家の使用人らしい。もちろん、俺達の服を用意させたのは沙織だ」 「―――本当に、でたらめね」 黒猫が驚くのも無理はなかった。 沙織・バジーナ、本名眞島沙織。 俺達が知っているのは、オタクの沙織・バジーナとは違う、眞島沙織という姿があり、マンション一戸建を一人(なのかは知らないが)で住んでいる、正真正銘のお嬢様だってことだけだ。 今日、また新たな一面を見たが… 「―――でも、それも沙織なのね」 「…ああ、そうだな」 まあ、そういうこった。 そのまま、黙ってしまった黒猫に何を言えばいいのかわからず、また外の景色に目をやる。 ちらっと横に目をやると、同じ様に外を見ている黒猫。 何かを考えているように見えるが、その横顔からじゃ何を考えているのかわからない。 「そういえば」 「ん?」 「私、まだ答えてもらってないわよ」 黒猫は、再びこちらを向いた。 「何を?」 「田村先輩のところに通っていた理由と、あの時沙織といた理由よ」 「…あー」 そういや、言ってなかったな。 喧嘩の根本的な理由だったのに、忘れてたってどうよ俺。 しかも二回目だぞ俺。 ―――しかし、それを言う前にしなければいけないことがある。 だけど、沙織は『合図』があるまでダメだって言ってたし… つか、合図ってなんだよ? 「どうしたの?今更言えないなんて言わないわよね?」 「いや、あのな…」 ああもう待てねぇ! ポケットに手を突っ込み、ソレを掴む。 その瞬間 ―――パァンッ… 突然、辺りが明るくなる。 ハッと俺と黒猫は、同時に外に目をやる。 ―――パァンッ… 真っ暗な空を照らしたのは、花火だった。 かなり近くで上げているのか、見たこともない大きさだ。 「すげぇ…」 思わず、呟いてしまう。 黒猫も、花火に目を奪われていた。 ―――ブルル!ブルル! 突然震えた携帯を、ポケットの中から取り出す。 宛先 沙織 件名 気に入っていただけましたか? 本文 私から、黒猫さんと京介お兄様へのプレゼントですわ。 頑張って下さいませ。 ―――どうやら、黒猫にとっても、最高のプレゼントになったみたいだぜ、沙織。 それに、最高の合図だよホント。 「―――ありがとうな」 ここにはいない、最高の友人に、お礼を告げる。 さて、いい加減種明かしをするとしよう。 俺がやってきたことは、全てこの時のためだったのだから。 「黒猫!」 突然呼ばれた黒猫は、一瞬ビクッとし、こちらを向いた。 「な、なに?」 「俺が麻奈美のところに通っていたのも、この前沙織と一緒にいたのも」 ポケットから取り出した小さな箱を、黒猫の前に差し出す。 「全部、コレのためだったんだよ」 差し出された箱をおずおずと受け取った黒猫は、こちらをおそるおそる見た。 「あ、空けていいのかしら?」 「もちろんだ」 丁寧にリボンから少しずつ剥がしていく黒猫。 そして、箱の中に入っていたものを、取り出した。 十字架の形をした宝石をあしらった、指輪。 俺から、黒猫への誕生日プレゼントだ。 「これ…」 「ああ。プレゼントだよ」 黒猫は、まじまじと手の平に載せた指輪を見ている。 「話すとちょっと長くなるんだけどな…」 俺は、黒猫に全て話した。 ―――黒猫への誕生日プレゼントを考えていた俺は、何となく形として残る物にしようとしていた。 そこで、ちょうど電話をかけていた沙織に、相談してみたのだ。 『ふむ、それならアクセサリーとかはどうですかな?』 「アクセサリーか…。ありがちだけど、無難な選択だよな。ただ…」 『ただ?』 「俺自身がそういうのに詳しくないから、どういうところで買えばいいのか、わかんねぇんだよ」 『きりりん氏に紹介して貰えばいいのでは?』 「昔、そういうアクセサリーショップに連れていかれて、無理矢理ピアス買わされたことがあるからなぁ…」 しかもクリスマスイヴに。 何と言う罰ゲームだ。 「そういうこともあって、あいつには相談したくない」 『愛されておりますなぁ、京介氏は』 「今の話からどうしてそう結論着けた!?絶対おかしいだろ!!」 『ハッハッハ。まあともかく、京介氏はきりりん氏にはお願いしたくないのですな?』 「ああ」 『ならば、僭越ながら…拙者が紹介しましょう』 「へ?沙織そういう店、詳しいのか?」 『詳しいというほどではござらんが…ウチが経営しているお店が、何件かあるのでござるよ。そこでよろしければ、紹介いたすが…』 「全然OK!!むしろ頼む!」 『承知したでござる!この沙織・バジーナにどーんと任せてくだされ!』 後日、沙織に連れられ回ったアクセサリーショップでふと目に入ったのが、今黒猫が持っている指輪だ。 何故かわからないけど、俺はそれを見た時に、『これだ』っていう確信を持っていた。 ―――ただ、その指輪を買うにはちょっとした問題があった。 ぶっちゃけ、高かった。親の小遣いで生きてる俺にとっては。 沙織の口添えで少し安くしてもらっても、俺には手を出せないのは変わらなかった。 とりあえず、指輪を一応残して貰って、いろんな店を何件も廻ってみた。 でも、パッと来るものはなく、また後日廻ることにして、その日は解散した。 ―――その後、俺は一人模索していた。あの指輪を買う方法を。 親に交渉…ダメだ、親父が許してくれないだろう。特に、彼女へのプレゼントを買うためなんてなんて不純な理由ならなおさらだ。 あとは… 「バイトするしかないよなぁ…」 「?きょうちゃん、バイトするの?」 ―――ん?今の声は… 気づいたら、麻奈美が俺の顔を覗くように、こっちをじっと見ていた。 「…麻奈美、お前いつからいた?」 「さっきからずっといたよ~。きょうちゃん声かけても、一人ぶつぶつ言ってて気づかないんだもん」 「わりぃわりぃ」 そういや、ここ大学だった。 「それで、きょうちゃんバイト始めるの?」 「いや、まだ決まったわけじゃないんだけどな。…でも、この時期短期バイトなんて募集してないだろうしなぁ…」 「なんで急にバイトしたいなんて言ってるの?」 「別にしたいわけじゃないんだがな…。黒猫への誕生日プレゼントのために、金が欲しいんだよ」 「ああ~、なるほど~」 手を合わせて相変わらずの脱力しそうになる口調で言う麻奈美。 「それなら、ウチで働かない?きょうちゃん」 「へ?お前ん家で?」 「うん!今からちょっと忙しくなるから、ちょうど人手が欲しいって言ってたんだ~。おばあちゃん達には事情を説明しておくから、どうかな?」 俺には思ってもいない、最高の提案だった。 麻奈美ん家なら、親同士仲が良いし、家から近い。 「んじゃ、頼んでいいか?麻奈美」 「うん!」 どうやら俺は、最高の人達に恵まれているらしい。 「―――それから、沙織と何回か店を回ったり、麻奈美ん家で働いてたりしたんだよ」 「それじゃあ、あの写真も、あの時沙織と一緒にいたのも…」 「そういうこった」 これで、全てだ。 黒猫に対して、言わなきゃいけないことは。 「―――黒猫、許してくれないか?今まで隠してたことも、そのせいで傷付けてしまったことも…」 「許さないわ」 全部言う前に、却下された。 「ど、どうすれば許してくれんだ?」 「―――覚悟を、見せて貰うわ」 「覚悟?」 「ええ、そうよ」 何故か顔を真っ赤にさせている黒猫。 一呼吸置いて、俺に言った。 「私に、つけなさい」 左の手の平に置いている指輪を俺に差し出して、黒猫が言った。 「指輪を、お前に?」 「ええ、そうよ」 どういうことだ?指輪をつけてやることが、覚悟を見せることになるのか? ん?待てよ?指輪…? ―――ああ、そういうことか。 俺は、黒猫の左の手の平から指輪を取り、そのまま黒猫の左手を軽く握る。 そして、指輪をそっと左手の薬指につけてあげる。 「これで、いいか?」 「……」 「黒猫…?」 何も言わない黒猫をじっと見ていると、ツー…と黒猫の頬をつたう、一筋の雫が流れる。 「黒猫…!?」 あれ!?指輪つける場所間違えた!? 「―――本当に、私なんかでいいの…?」 「え?」 「私なんかを、選んでいいの…?」 増えていく雫を拭うこともせず、黒猫は言った。 俺は黒猫の肩を持ち、黒猫の顔を正面に立つ。 しっかり目を合わせて、言う。 「当たり前だろ、瑠璃。俺は、お前とずっと一緒にいるって決めたんだ」 「これから先も、ずっと一緒にいる。何があっても、全部乗り越えて、お前のところに帰ってくるよ」 「―――だから、瑠璃。お願いします、俺とこれからも一緒に歩んでくれませんか?」 「当たり前でしょう…!?」 そのまま俺の胸に飛び込んできた瑠璃を、ギュッと抱きしめる。 パァンッ…となる花火の音が、心地好かった。 「―――京介」 「ん?」 「その…ね?」 スッと瑠璃を正面に戻し、じっと瑠璃を見る。 頬を赤らめ、もじもじしている瑠璃がとても可愛く見える。 「瑠璃」 ゆっくり顔を近づける。 それに合わせて、瑠璃もゆっくり目を閉じる。 花火をバックに、俺達は誓いのキスをした。 *** 「―――ここへ来るのも、何度目かしらね」 「さぁ…数え切れないぐらい、来てるからなぁ…」 誕生日パーティー終了後、俺と黒猫は、送ってくれていた運転手さんに断って、 途中で降ろして貰った。 そこから少し歩いた先に、目的の場所はある。 俺が通っていた高校であり、今黒猫が通っている高校の校舎裏。 既に着替えた黒猫は制服姿で、この場所にしっくりきていた。 事あるごとにここで黒猫と一緒にいる気がする。 今も、何となく来てしまっただけで、特に理由はない。 つか、来るだけでいいのだ。 黒猫と二人で来ることに、意味があるのだ。 「―――ねえ、先輩」 「ん?どうした?」 「もう、今日みたいなサプライズはやめて」 「えっと…。もしかして、お気に召しませんでしたか…?」 「当たり前でしょう?私以外みんな知っていたなんて、私がこっそり嘲笑われているようなものよ?そんな屈辱、もう二度と味わいたくないわ」 「屈辱て…」 相変わらずの負けず嫌い。 「それに…」 「?」 「嬉しすぎて、死にそうになるから…」 そして、相変わらず可愛い。 「わかったよ、黒猫」 ポンッと黒猫の頭に手を置き、撫でてやる。 黙って撫でられている黒猫は、まるで本物の猫の様だ。 「お前が悲しむなんて、二度と嫌だからな」 「フフ…」 「ヘヘ…」 俺の答えに満足したのか、黒猫が微笑む。 釣られて、俺も笑う。 こうして、俺達の一日は終わりを告げた。 この一日を迎えるために、たくさんの出来事があったが… それも、今日得た物と比べたら、対価にしても足りないぐらい、最高の一日だった。 今日が終わり、明日、明後日と続き、同じ日は二度と来ないけど、俺と瑠璃の日々はこれからも、ずっと続く。 その日々一日一日を、思い出に出来なくても、大切にしよう。 今更離れることなんてないさ。 誓ったからな。 「さて、もう遅いし帰ろうぜ?送るからさ」 黒猫の手を取り、その場を後にしようとした。 ―――が、何故か黒猫に手を引っ張られ、歩みを止められる。 「く、黒猫?」 「あの…その…」 何故か俯いて、俺の手を握ったままもじもじしている黒猫。 「どうかしたのか?」 「あの…ね、えっとね…」 「―――今日はその…、帰りたくない…気分なの」 ―――どうやら、俺達の一日は、まだ終わりそうにない。 Fin.
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1303394673/253-262 「お兄さん! ご相談があります!」 俺の目の前に居る黒髪でスタイル抜群の美少女は言うまでもなく ラブリーマイエンジェルこと新垣あやせだ。 その美少女あやせから相談を持ちかけられるのはこれで何度目だろう。 そして酷い目に合うのは、これで何度目になってしまうのだろうか。 酷い目に合うくらいなら、あやせの相談など聞く耳を持ちたくはないのだが、 相談を断ったら、あやせの仕打ちが怖すぎる。 仕方ない。あやせの『相談』とやらを聞くことにするか。 「で? 相談って一体何だ?」 「お兄さん。わたしの恋人になって下さい」 「よしわかった」 「即答ですか!? 少しは驚くとか、聞き返すとか無いのですか?」 即答に決まっているだろ。聞き返すだって? 俺が聞き漏らすわけ無い! 「わたしの話を最後まで聞いて下さい! さもないと通報しますよ」 ああ。やっぱり何らかのエクスキューズがあるわけね。期待させるなよ、ホント。 「恋人になってくれって、どうしてまた?」 「実はわたし、ドラマに出演することになったんです」 「マジかよ! すげえじゃん!!」 「ええ。恋人同士のストーリーを演じるのですけど」 こ、こ、恋人同士だぁ!? 許せん。どこのどいつがラブリーマイエンジェルの恋人役を!? 「それでご相談というのは、わたしの演技の稽古に付き合って欲しいんです」 「え? つまり、俺にあやせの恋人役をやってくれと(グフッ)」 「お兄さん、気持ち悪いです。あくまでも演技の、稽古としてですからね!」 演技の稽古とはいえ、あやせたんと恋人同士になるなんて最高じゃないか! 「どんなシーンの稽古をするんだ? もしかして、キスシーンとか!?」 「い、いやらしい! 何を考えているんですか!? そんなシーンありません!」 あやせが身を捩りながら、両の手で自らを抱きしめる仕草をする。←少しエロい 「で、どんなシーンなんだ?」 「結構シーンが多いんです。待ち合わせとか、一緒の買い物、映画、食事とか」 「へー。まるっきり恋人同士のデートだな」 「そんな軽い感じで言わないで下さい! わたし、この仕事に賭けているんです」 「悪い悪い。でもそれってどうやって稽古するんだ? 部屋の中でやるのか?」 「いいえ。実地で稽古をつけてもらいます」 「つまり‥‥‥その、俺とあやせがデートをするってコトか?(グフフッ)」 もしかしたら、今の俺ってスゲーニヤけた顔をしているんじゃないか? と言う漠然とした疑問を感じていたが、その疑問はあやせのフルコンによって 確証へと変わった。 言っておくが、あやせがフルコンプリート上等のゲームオタになったのではない。 あやせのフルコンタクトを俺が喰らったってコトだ。マジ、いってえよ! 「お兄さん? いかがわしいコトを考えたら直ぐに解りますよ?」 俺は鈍痛を感じる腹を摩りながら、あやせの警告じみたセリフを拝聴した。 ‥‥‥‥‥‥ さて、稽古の当日がやってきた。 俺があやせとの待ち合わせ場所に向かうと、あやせはすでに来ていた。 「悪いな、待たせて」 「いいえ、わたしも今来たところです」 いやいやいや、ホントは30分くらい待っていたんじゃないのか? ホント可愛いなあやせたん、という想いはあやせの意外な申し出に遮られた。 「お兄さん。稽古を始める前に、わたしと契約をお願いします」 「ケイヤク‥‥‥? それって俺と将来を誓うってコトか?」 「ブ、ブチ殺されたいんですか? 稽古の最中にわたしにヘンなことをしない と言う契約に決まっているじゃないですか!!」 契約ねえ‥‥‥。最近『契約』って言葉にはウラがある気がしてならない。 できれば、契約なんてしたくねえよ。ましてや契約相手はあやせだぞ? ぜってー、ウラがあるって! それも超弩級のモノが。 「ごめん。契約はできない。でも! お前にヘンなこと、絶対にしない!」 「ホントですか‥‥‥? いいです。信用します!」 意外にもあやせは俺の申し出を受け入れてくれた。ちょっと拍子抜けだな。 「最初は買い物のシーンからお願いします」 「つまり、俺とあやせで買い物をするってコトか?」 「そうです。実地の稽古ですから」 まさか、イブの時の桐乃みたいに、アレ買えコレ買えって展開か? 何かイヤな様相を呈してきたな。 などと俺が不安に駆られていると、あやせは俺の左腕にしがみついてきた。 「お、おいッ!」 「何ですか? 恋人同士の演技の稽古ですよ? このくらいしないと!」 なんてこった。まさかラブリーマイエンジェルにしては大胆な行動だ。 これは稽古とは言え、展開が楽しみだぜ!! 最初に俺があやせに連れて行かれたのはアクセサリーショップ。 とは言うものの、桐乃に連れて行かれた店に比べれば、ずっと安価な品揃え。 そうだよな。あやせくらいの年齢なら、このくらいの値段のアクセサリーを ねだるのが普通なのだろう。桐乃が異常だっただけだな。 外見よし、スタイル抜群、あまりお金もかからない。コレで性格が‥‥‥ いかんいかん。欲張ってはイカン。 ‥‥‥‥‥‥ 「次は映画ですね。この映画にしましょう」 と、あやせが指差した作品は、ライトノベルを書く高校生のストーリー。 映画の内容に突っ込みを入れるのは無粋だと解ってはいるが、 ラノベって、高校生でもそんなに簡単に書けるモノなのか? 桐乃もケータイ小説を書いていたが、アイツだって結構苦労して書いていた 気もするけどな。そんな簡単に書けるモノじゃないよな、多分。 う。何かあの小柄な女子高校生、ちょっとイラっとする声質だな。 なぜだろう。 ‥‥‥‥‥‥ そして食事。 考えてみれば、あやせと二人で食事するなんて、初めてだよな。 モデルであっても人によっては大食な人もいるようだが、 あやせはやっぱり小食だった。訊けば、モデルは自己管理も厳しいらしい。 そう言えば桐乃もあまり食べる方じゃないな。アイツも自分には厳しいからな。 ‥‥‥‥‥‥ 食事を終えた俺とあやせは公園を散策している。公園散策なんて地味なコース、 麻奈実にしか通じないと思ったがそうでもないようだ。 「あの、お兄さん? ひとつ訊いていいですか?」 「なんだ? あやせ」 「お兄さん、もしかして今日の稽古の間中、桐乃のことを考えていませんか?」 「え‥‥‥? どうしてそう思うんだ?」 「お兄さん。質問に質問で返すのは図星と取られても仕方ありませんよ」 「‥‥‥」 確かに。 俺は無意識に『あやせは○○。そして桐乃は××』って比較を繰り返していた。 考えてみればあやせに失礼な話だ。本当のデートではないとはいえ、 あやせが真剣に取り組んでいる演技の稽古の最中に、俺は本当に失礼なヤツだ。 公園の池に架かる小さな吊り橋の上で、俺が打ち拉がれた気分になっていると、 「ごめんなさい、お兄さん。ちょっと雰囲気を悪くしちゃいましたね」 「いや、そんなこと無いぞ」 俺は、俺に背を向けて吊り橋から下を見るようにしていたあやせに囁いた。 その時、一陣の風に揺すられた吊り橋の上で、あやせが体勢を崩した。 「きゃっ」 「危ねえ!」 俺は背後からあやせを抱きしめ、体勢を立て直させた。 うわ、わ、わわわ、あやせたんを抱きしめてしまった。 「お、お兄さん! ドコを触っているんですか!? い、いやらしい!!」 「お前が、橋から落ちるかと思ったから」 「あ、ありがとうございます」 俺は冗談半分で、あやせを少しだけきつく抱きしめた。 「ダメですよ! お兄さん、契約してくれなかったじゃないですか!!」 「え‥‥‥? それじゃ、契約していたら、どうなっていたんだ?」 「それは今からじゃ言えませんよ」 「じゃあ今から契約するぞ!」 「それはダメです。時間切れです。『覆水盆に返らず』ですよ」 ああああああ! 俺の頭の中で人参・大根・胡瓜・茄子・莢豌豆が 『もったいねぇ~ もったいねぇ~』と声を揃えていやがる。 ‥‥‥‥‥‥ 後日、あやせが出演したドラマのネット配信を桐乃と一緒に見た。 今日が、女優・新垣あやせの誕生の日か、と思いつつ、桐乃の部屋の パソコンの前に俺と桐乃は鎮座した。 そしていよいよ、配信開始時刻に。 『オッス! あやかだよ。恭介さん、遅いんだから!』 あやせ演じる“あやか”が、恋人“恭介”との待ち合わせからドラマが始まった。 うおおおおお、ラブリーマイエンジェル兼アクトレスあやせたん、最高だぜ! 『恭介さん、私と契約して下さい』 へ? 契約のセリフじゃないか。アレも稽古の一環だったのか。 『あやか? 契約って‥‥‥?』 『恭介さんがわたしといつまでも一緒に居るという契約です』 『もちろん、契約するぞ!』 “恭介”役の俳優がニヤけながら、“あやか”と契約をする。 クソ! これでドラマの中であやせたんとイチャつくってコトかよ。 また野菜共が俺の頭の中で『もったいねぇ~』と言ってやがる。 そしてドラマは、稽古通りのストーリーで進行する。 演技とはいえ、あやせたんのイチャつくシーンがこれほどイラつくとはな。 しかし冷静に考えると、稽古の時の俺たちもこんな状態だったワケだから、 そう考えるとあまり腹も立たない。 そして場面は郊外の渓谷に架かる吊り橋。吊り橋のシーンも稽古だったのか。 『やだ! 怖い!!』 『ははは。大丈夫だって、あやか。俺がついている』 『恭介さんって頼りになるのね!』 その時、吊り橋が揺れ、あやせ演じる“あやか”が体勢を崩した。 『きゃっ』 『危ない!』 “恭介”が背後から“あやか”を抱きしめ、体勢を立て直させた。 うわ、わ、わわわ、俺って端から見るとこんな状態になっていたのか!! 『恭介さん! ドコを触っているんですか!? い、いやらしい!!』 『お前が、橋から落ちるかと思ったから』 『ありがとう。うれしい‥‥‥』 背後から抱きしめられた“あやか”が“恭介”の腕を手に取った。 そして――― ガチャ は‥‥‥? 俺の目に、信じ難い、しかし既視感のある光景が展開された。 “あやか”が“恭介”の左手に手錠を打ち込み、もう一方を自らの右手に打ち込んだ。 『あ、あやか? 何だこれは?』 『ウフフフフ。これで、あなたとわたしはいつまでも一緒ね』 『‥‥‥』 『どうしたの、恭介さん? 嬉しくないの?』 『あ、いや‥‥‥取り敢えずコレ、外してくれないか?』 『どうして? いつまでも一緒に居られるんだよ?』 『あ、あやか? お前‥‥‥?』 “あやか”の目から光彩が消え失せ、“恭介”の表情が見る見る曇っていく。 『だって恭介さんって、ほかの女の人に優しすぎるんだもん。 学校じゃ同級生、後輩の女の子、妹さんの友達にも優しいし、 そして何よりも、妹さんへの優しさ‥‥‥わたし、許せない。 わたしだけに優しかったら、凄く嬉しかったのに!!』 『落ち着け、あやか!』 『ウフフフフ。もうダメよ。恭介さんはわたしと契約したのだから』 け、契約‥‥‥!! 『恭介さん、下を見て。いつもなら水がいっぱい流れているのに、 今は水が少なくて、岩が剥き出しになっているよ。落ちたらどうなるのかな?」 『あ、あやか! やめろ!!』 『恭介さん、ずっと、ずーっと一緒だよ』 『あやか! やめろ!! あやかあああああぁぁぁぁ‥‥‥』 “恭介”の叫び声と木立から飛び立つ鳥の羽音が重なった音を背景にした青空。 その次のシーンでは、誰も居ない吊り橋が揺れていた。 そしてエンドロールが流れ始める。 ‥‥‥‥‥‥ 「うわあ、あやせの役、こわーい!」 「ああ‥‥‥、スゲー怖い‥‥‥な」 桐乃のドラマの感想に、俺はそれしか言えなかった。 いや、これはドラマ! 要するにお芝居! フィクションのテロップも出た! 作り話さ! こんなこと現実にはない‥‥‥はずさ。 ‥‥‥‥‥‥ 俺は自分の部屋に戻ると、あることに思いを馳せていた。 もしあの時、あやせと「契約」していたら、今俺はこの場に居ただろうか?と。 ピリリリリリ 電話か。―――ッ!! あやせから!? ピッ 『お兄さん、わたしの演技どうでした?』 あやせはまるで子供のようにはしゃいだ様子で、俺の感想を聞いてきた。 「あ、ああ。凄く良かった‥‥‥ぞ?」 『ホントですか? 嬉しいです!! お兄さんと稽古した甲斐がありました!』 「お役に立てて‥‥‥ホント良かったよ」 かつてこんなに息苦しい電話があっただろうか。 『ところでお兄さん? ご相談があります!』 「何だ?」 『実は、わたしの演技が好評だったようで、次の出演が決まったんです!』 アレは“演技”なのか? そうなのか? 「そうか。よかったな、あやせ。今度はどんな役なんだ?」 『年老いた資産家と結婚する若い女性の役です』 「‥‥‥」 『そこで、また演技の稽古を』 ピッ 俺は通話を切り、携帯の電源も切った。 『新人女優』 【了】
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1290468634/8-12 「今日のところはあなたの言い分を聞いてあげてもいいわ。 最後のところだけは遠慮させてもらうけれど」 「どうだか。エロゲーだったらCG回収決まったようなもんよ」 そう言って彼女はノブを回す。今日はあなたの勝ち逃げね。 ドアを開け颯爽と去る彼女。 「うわらばっ!!」 訂正。彼女がドアを開けると外にいた何かにドアがぶつかった。 「ってー… お前は俺にドアぶつけないといけない病気でもあんのかよ…」 鼻を押さえながら現れた人物は渦中の人、高坂京介だった。 「黒猫悪い!待たせた!」 先輩は部屋の中にいる私に気付くと、手を合わせて謝るポーズを取る。 彼が持っていた袋がゆらゆらと揺れた。 「な、なんでこんなに早く帰ってきてんの!?」 彼の妹は狼狽し、怒鳴りつける。 「その、なんだ…やっぱ黒猫を待たせるのも悪いと思ってな。 近場のコンビニ行ってきた。だから…」 先輩は私の方をチラッと見て、彼の妹に耳打ちする。 私に聞かれるのは都合が悪いのかしら。 でも、少しは事情が分かった。 あの女が何かしらを吹き込み先輩は買い物に行ったわけね。 どうりで遅いはずだわ。 このタイミングで彼が帰ってきたのは、誰かにとっては予想外だったみたいだけど。 ふと思案に耽っているうちに、兄妹の秘密の会話は終わったらしい。 片方はばつが悪い顔、もう片方は不機嫌そうな顔をしていた。 「…ってかもうそんなのいいし。アタシ外行くから」 「あ、おい!」 先輩の脇を潜り抜けようとする高坂桐乃。 しかし、彼女は先輩に腕を掴まれ、再び私の視界からいなくなることに失敗した。 「ちょ、まだなんか用あんの!?さわんなシスコン!」 「いや、俺も離したい…っていうか見なかったことにしたかったんだが…」 「は?何言ってんの?」 意味不明と怒る彼女に、先輩は脂汗を流しながら掠れた声で言った。 「お、お前…なんで俺のパンツ持ってんの?」 空気が凍る。 さ、最悪だわ… このパンツはどこまでこの場を掻き回せば気が済むの…! 今度のゲームのラスボスを、穢れた布切れにしてしまいたくなるほどの邪悪だ。 「か、こ、っここ、これは」 パンツを片手に持つ女はがくがくと震えている。 彼女の頭の中は、パンツ補充をしていたあの時よりも混沌が広がっているに違いない。 「せ、先輩!それは…」 見かねて思わず声をかける。この事態を招いた責任の一端が私にもあるからだろうか。 「そ、それは…?」 怯えた様子で先輩が話しかける。 ど、どうすればいいの… 大まかに言うならば…あなたのパンツで修羅場を繰り広げてました。 …酷すぎるわ。私なら卒倒する。 彼女を貶める言い訳も論外だ。借りを作っておいてそんな真似できない。 となると…道は一つしかないじゃない。 もともと私が背負うはずの業なんだもの。自分の不手際の始末は自分で… 「わ、私が」 「これはぁ!!!」 私の声を掻き消す大声が上がる。 驚き、声の方を見張るとそこにはギラついた眼。 『余計なことすんな!』 言葉を聞かずとも彼女の眼光はそう語っていた。 高坂桐乃は先輩の手を振りほどき、パンツを両手に持つ。 「アンタらがキモくてウザくてイラつくから…」 わなわなと震え、両手に力が込められる。 「おおお前、何をっ!?」 「や、やめなさい!」 それは、あなたの大事な…! 「ストレス解消にっっっ………使わせてもらうのよっ!!!」 咆哮と同時に真っ二つになるパンツ。 二人の女を振り回した欲望の布は、現所持者の手によって儚くも散った。 「俺が何したっていうんだ…」 部屋にはorzとうなだれた先輩と、呆然と立ち尽くした私が取り残される。 先輩を嘆かせている女は、パンツを破った後さっさとこの家を出ていってしまった。 「また喧嘩でもしたのか?」 「…そんなところよ」 そういう話ということになったものね。 「いくらイライラしてたからってよ…流石にいじけるぞ… ノーパン貴族になっちまうぞ…」 「先輩、落ち込みすぎて意味不明なこと口走っているわ」 うな垂れる先輩を見ながら、私はいけ好かない茶髪女のことを想った。 あれが、先輩から拝借したパンツならば。 自分のコレクションを自らの手で葬り、 大好きな兄を他の女と二人きりにさせたことになる。 …まさに踏んだり蹴ったり。間違いなく厄日だわ。 あの女が辛酸を嘗めるというのは、いつもなら胸がすくようなものだけど… 生憎、そういう気分じゃない。 今日は先輩と貴重な時間を過ごす予定だったけど、 このままでは素直にこの時間に浸れない。 「…今日のところは踏むだけにしてあげるかしら」 「踏むの!?」 四つんばいのまま顔を上げる先輩。 「独り言よ。あなたの趣味ならば、そうすることもやぶさかではないけれど」 「ねぇよそんな趣味!紛らわしいわ!てかそんな独り言初めて聞いたぞ!」 「いちいち煩い雄ね…」 どこまでも喧しい兄妹だわ。思わずため息が出る。 さて、さっさと借りを返しに行くかしら。 あの女と私の間にそういうものは必要ないもの。 「先輩、ゲーム制作はまた後日でもいいかしら」 「ん?ああ。別にいいが…じゃあ何するんだ?」 「そうね。せっかく犬みたいな格好をしているのだし、 今日は散歩でもしましょうか」 「しかしアイツがイラついてる時に行く場所っていってもなぁ。 前はゲーセンにいたけど、今日もいるかは分からないぞ」 「心当たりがあるだけ十分よ」 並んで歩く先輩が難しい顔をしている。 私達が今いる場所は駅前の商店街。 学校から帰る途中で寄り道をしている学生や 夕食の買い物をしに来た主婦でにわかに賑わっている中を、 真っ直ぐ目的の場所に向かって進む。 「よしんばいたとしても…その…」 「気まずい?」 「まぁな。というか、どういう顔して会えばいいか分からん」 それはそうね。 パンツ引き裂き女と遭遇した時の対処法なんてどんな文献にも書いていないでしょうし。 「いずれにしろ家で会うのよ?一人より二人で会う方がまだマシだと思うけど」 「まぁそれはそうなんだが…」 未だにうーんと呻る先輩。 「…大丈夫よ。あなたはあの女の優しい兄さんだし、 気に食わないけど私は友人だもの。なるようになるわ」 「黒猫…」 きっとなるようになる。 今日あんな事が繰り広げられても、私達の仲は狂わなかったのだから。 そんなことを考えているうちに、私の視界に目的地のゲーセンが見える。 「…アレ、そうだよな?」 「ええ、見てすぐに分かる醜悪さだわ」 遠目からでも分かる。間違いない。 ゲーセンの目の前まで行くと、 私達の視線のすぐ先には一心不乱にバチを振り回し、太鼓○達人をプレイしている茶髪女。 「なんかデジャヴが…あ、おい」 立ち止まった先輩を尻目に、私は歩を進める。 ぶち切れ女子学生を見物していた人間の横を通り抜け、彼女の後ろに立った。 …私達がこんなところにいるって分かったらどういう顔をするかしら。 その顔を想像したら思わず笑みが浮かぶ。 彼女がプレイ中の曲が終わると同時に、 私は肩を揺らす無様な後姿に、心を揺さぶるであろう呪詛を投げかけた。 「お粗末なバチ捌きね。魅せプレイというのを教えてあげるわ」
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「ちょっと違った未来29」 原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編 ガタンゴトンガタンゴトン…。 「…」 「…」 朝からあたしと京介君は電車に乗って千葉に向かっている。あたしにとっては久方ぶりの故郷への帰郷であり、京介君もそのはずだ。 「…」 「…」 あやせがあたしと京介君の目の前から去って数日間…。彼女はあたし達の前に現れなかった。サークルにも来ていないらしい。激情のすべてをぶつけて来たあの日以来…彼女は一体どうしているのだろうか。 (…) あたしだってあれから心の整理が全く出来ていない。一体何を信じて何を疑えばいいのかまったくわからない。 あやせとのあの後、京介君からあやせの言っていたことを聞いた。あたし達がただの幼馴染みではなく本当は血の繋がった兄妹であるということが、彼女の言っていたことが正しいのかどうかを。 京介君は答えなかった。その代わり一回だけこくり、と首を縦に振っただけだった。 「…」 今日も長い一日が始まりそうだった。 ~~~ 「懐かしいね…」 「…ああ」 あたし達は今地元千葉にいる。そして今いるここはいつもあたし達がよく遊んでいた公園だ。時代が時代なのか、平日の昼間なのに今は誰もいない。いつも賑やかだった昔のこの公園を考えると少し寂しい感じがした。 たくさん遊んだなあ…。鬼ごっこにかくれんぼ、追いかけっこ。ジャングルジムの中に入っての捕まえっこ。それから…。 「ふふ…ここであの時京介君あたしの体におもちゃの聴診器当てて…」 「…やめろ」 そしてお医者さんごっこ。京介君は自分の行った過去の行動に恥ずかしくて耐えられないとばかりに顔を真っ赤にしてそっぽを向く。 「あの時あたしの体って他の子達より発育が良かったから…。ふふ、あの頃の京介君可愛かったなあ。あたしの体を触りながらお股をもじもじさせて…」 「からかうなよ…」 「でも…あの頃からあたしのこと女の子として見ててくれたってことだよね?」 「…」 ――俺は将来桐乃をお嫁さんにする! 子供だった当時。あたし達は何も知らない子供だった。何にも出来なくって、けれど何でも出来る気がして…。 彼の真剣なあたしへの告白。今でも大切に使い続けているこの彼からのプレゼント(ヘアピン)。 それをあたしはお姉さんとまで思っていたあの人を除いて大好きだったお父さんにもお母さんにも話さず、あたしの胸の中で温め続けていたのだった。 時を経るごとに無限と思われた世界が有限のものへと変質していき、すべての可能性に薄い闇の膜が覆われていった。自分に出来ること出来ないこと、自分に向いていること向いていないこと。そうやって自分に見切りをつけて夢という可能性に区別を入れて人は大人になる。 だけど…。 「ふふ…」 「…どうした?桐乃」 あたしの淡い初恋の思い出になる筈だった気持ち。初恋は絶対に実らないというけれど、それを考えれば神様の粋な計らいだとしか思えない。 「どうした?何を考えてる?」 「ふふ…。教えてあ~げない」 あたしは笑顔で京介君の顔を下から覗き込む。小さい頃もよくこうして上目遣いで彼の顔を覗いたものだった。 いつも笑顔だったおにいちゃん。今は無愛想な京介君。あの頃は子供特有の丸みを帯びた頬をしていたおにいちゃん。そして今は頬がこけ男性のシンボルであるひげを剃った後がある京介君。 「この…教えろ、桐乃!」 「きゃあ~~!!」 京介君はあたしの体を後ろから抱きつく。あたしは笑顔で彼から逃げようとする。 彼はあたしを後ろから優しく抱きしめ、そして…。 「ぁ…」 「…」 見つめ合う二人。彼の真っ黒な鋭い目の中の瞳孔が優しさに満ちていた。 「桐乃…」 「おにいちゃん…」 口づけへ…。彼の吐息があたしの唇にかかる。あたしは体をすべて彼に預け目を閉じた。そこへ…。 ぷにゅ 「ふぇ?!」 「く…ははははは!」 あたしの唇に京介君は指を当てていた。キスへの期待を裏切られたそんなあたしを見て…。 「ははははは!!」 「も、もう!」 京介君はおかしそうに笑う。そういえばそうだった。小さい頃も彼はこうしてあたしに期待させては罠を仕掛けて、罠に掛かったあたしを見て楽しそうに喜んでいたのだった。 「もう…!知らない!」 「はは…ごめんごめん。桐乃があんまりにも可愛いものだから…」 「ッ!」 おそらくあたしの顔はほっぺが焼けたように真っ赤に染まっていることだろう。そういえば彼はこうやっていつもからかって楽しんではこうしてあたしを可愛がってくれたんっけ…。 …そういえば彼は自分があたしをからかうのはいいけれど、他の男の子があたしを京介君と同じようにからかうといつもむすっと怒っていたんだっけ。話しかけても口を開いてくれない。それが怖くて悲しくてあたしが泣くとあたふたとして謝りながら慰めてくれたものだった。 「桐乃…」 「…」 そうして京介君はあたしの体を抱きしめながらあたしの耳元で、 「やっぱりおまえはいつまでたっても俺の妹だよ」 そう、後ろから愛おしそうにささやいた。 ~~~ 「ここが、今のあたし達の家なの」 「…」 今あたし達はアパートの前にいる。安い家賃で入れるぼろぼろのアパート。3人で生活するのでやっとの間取りだ。 「…」 …8年前のあの事件で意識を失い回復しても片足が不自由になったお父さん。当時あたし達はローンの組んだ一軒家に住んでいた。だけど生活に困窮し、その家と借りていた土地の借地権を家の抵当権ごと売り渡さなければならなくなったのだ。 「…ごめんね。こんなぼろぼろの家で…」 「…いや」 京介君に緊張の色があった。 それも当然だ。だって…。 ここまで話が進めば如何にあたしの頭でも大体の憶測がついた。 ピンポーン ドアホンを押す。旧型の、昭和の頃の古いものだ。そして、 「…久しぶりね。京介君」 中からお母さんが。そして奥にお父さんが不自由な片足を地面に置いて座りながらもこちらを見ていた。 「…お久しぶりです。佳乃おばさん、大介おじさん」 ~~~ 「ごめんねぇ。突然京介君も来るって桐乃から聞いたものだから用意が出来てなくって」 「…いえ」 お母さんは急須に緑茶を入れながら、 「大きくなったわね~?桐乃から聞いた時はまさか、と思ったけど…。こんな立派な青年に育って…」 「…」 お母さんは急須にお湯を注ぎながらも京介君を見ようとしない。だけど、それは見ないのではなく見ることがないのだ。だって今にもその目から涙がこぼれそうになっていたから。まともに見たらもう耐えられないのだろう。 「東京の工業大学に通っているんですって?立派になって…。将来は研究者か技術者にでもなるの?」 「いえ…。院には行かずに学部で卒業して家の家業を継ごうと思っています」 「まあ!」 「まだ何の権限もない若造ですから、最初は傘下の子会社の食品開発の現場まわりからですけど…いずれは…」 「あらあらまあまあ!立派になって!!…本当に…本当に立派になって…」 お母さんの肩が震えだす。 「げ、元気で…今も…元気で…い、いて…いてくれて…。あ、あたしは…あたしはそれだけで…」 持っていた急須からお湯がわずかにこぼれだす。体の震えが手まで伝わってきたから。 「…佳乃おばさん」 「ごめんね?こんなおばさんに泣かれたって迷惑なだけよね…。や~ね、年取るとどうも湿っぽくなって…」 「…」 京介君はそんなお母さんをじっと見つめていた。そこへ、 「母さん」 不自由な片足地面に置いて座っているお父さんが口を開いた。 「すまないが後で美味しい手料理も出してやってくれないか。せっかく久方ぶりに京介君が会いに来てくれたんだ。」 「ええ…そうね…あなた」 そうしてお父さんは京介君に向き直り、 「久しぶりだな、京介君。…こんなに背丈の大きな青年に成長して…」 「大介おじさん…」 「ふふ…なつかしいなその呼ばれ方。そうか…あんなに小さな少年だった京介君がなぁ…。時の流れというのは速いものだ…」 「…」 「それと、すまないな。大事な、それも久方ぶりに会う桐乃の幼馴染みを迎えるのにこんな無礼な格好で。どうか許して欲しい」 「いえ…こちらこそ…」 京介君は用意されていた座布団に正座で座る。 「それで…」 お父さんが口を開く。 「今日は私達に何か話があるのだろう?」 「…はい」 お父さんは不具合な足を投げ出し、背もたれにもたれながら京介君にそう聞いた。 「何かな?これまでの私達の、とりわけ桐乃の話かな?ふふ…うちの娘は親から見ても可愛らしい娘だが、少しそそっかしくてな…。そういえば京介君、君はもう彼女でもいるのか?広い東京なんだ、色々な出会いがあるだろうに」 「…」 京介君は答えない。目に暗い、しかし何かの決意の光が宿っていた。 そして…。 「大介おじさん。佳乃おばさん。いえ…」 京介君は居住まいを正し、 「お父さん、お母さん。今日は貴方達にお話を伺いたくてやってまいりました」 本当の両親に向けてそう呼んだ。 ~~~ 「…どこでその事を…」 何故知るはずのないことを…?お父さんとお母さんはそう口に出した。 「特別養子縁組、でしょう?」 お父さんは目を開いてびっくりしている。お母さんもだ。何故その事実を知っているのか?という疑問が寡黙なお父さんの顔に出ていた。 ――特別養子縁組 民法第817条の2―― 日本民法では817条の2を総則的規定として817条の3から817条の11までを法律上の要件、効果として定めている。 それは世界でも珍しい、成人してからの養子をも認める日本の養子制度においてもさらに特異な制度。 近大民法の知恵。 この法律を全く知らなかったあたしはこの後この事を詳しく調べたんだけど…。次のような概要らしい。 通常の世間一般で言う養子とは実の父母とは別の血の繋がっていない他人と親子の縁を結ぶことで親子関係が発生する。それは法律によって擬制される親子関係だが、当然法律上の扱いは実親子とほぼ同一である。血で繋がった親子関係か法で繋がった親子関係かの違いではあるが…これを普通養子縁組という。 しかし、この特別養子縁組は違う。これは実父母とは別にいる赤の他人である親と法律上も「実社会上」も血の繋がった親子とするものである。従って、養子縁組のスタートの日から赤の他人との「実親子関係」が始まり、本当の血の繋がった親とは親子の縁が終了する。 この特別養子縁組の立法趣旨は広く子供の福祉の為にあるという。よって、養子とされた子供は本来なら赤の他人である親を実の親であると思って育つし、本当の血の繋がった実の親の事を血の繋がらない他人だと思って育つ。当然、養子とされた子供にはこの事実は知らされない。そう、本来なら知ることなどないのだが…。 「そうか…槇島さんだな?」 「…はい」 お父さんはふう、と一つため息をついた。 「…槇島の義父に俺が16の孤児院を出る時に養子の話を持ち出されました。その時は俺の死んだ父さんの治療費の借金をどうしても自分の力だけで返したかったから、一度断りました」 「…」 「しかし俺が大学に入って20の頃…もう一度槇島の義父に呼び出されたんです。話はまた養子の件でした。しかし…」 お父さんとお母さんは京介君の顔をじっと見つめている。 「…俺の本当の父親は死んだ父さんではなく高坂大介という人だ、とその場で聞かされました」 「…」 「これは槇島の義父の温情でした。二十歳当時の俺は槇島との養子縁組に乗り気だったからです。これでもっと力が手に入ると思って…。だけど、義父は最後に俺に選択権をくれたんです」 「…」 「義父から16歳の俺に断られた後もずっと俺のことを養子にしたがっていたと聞きました。そして普通なら調べることの不可能な、俺の特別養子の戸籍を調べたんです。義父にすれば思いもよらなかったそうです。知り合いに裁判所に勤める裁判所書記官がいるそうなんですが、本当に軽い気持ちで念のために頼んだそうです。その人も試しに、と自分の官としての権限を使って裁判所のデータベースを開いて調べてくれたそうです。そしたら…」 「…おまえの養子縁組に対する家庭裁判所の裁判官による審判の記録が残っていた、ということか…」 「ええ。びっくりしたと言っていました。養親が二人とも死んだとはいえ、この子は実の父母がまだ千葉県に生きているのに孤児院に送られたのか、と」 「…」 お父さんもお母さんも目を伏せる。足が不自由でも決して気の弱いところだけは見せなかったお父さん。そのお父さんが本当に意気消沈として申し訳なさそうにしている。 「当時の俺は頭の中がもう無茶苦茶に混乱していました。どうしたらいいのかわからなかった。子供の頃いつも遊びに出かけていたあの高坂のおじさんとおばさんが俺の本当の父さんと母さんで、そして…」 桐乃と俺が、血の繋がった実の兄妹だったなんて。 そう、京介君は唇を噛み締めて呟いた。 「…」 「大介おじさん。佳乃おばさん。聞きたいことが二点あります。何故です?何故俺を特別養子として死んだ父さんに出したんですか?そして、そして何故俺のことを、」 身寄りがなくなったあの時に名乗り出て…もう一度家族として迎えてくれなかったんですか…? 「京介…」 それまで沈黙を守っていたお母さんが重苦しそうに口を開く。そこへ、 「いい。母さん。俺が話す」 「あなた…」 「これは俺に話させてくれ。元はといえば全て俺が悪いといってもいいことなんだ。それに…」 「…」 「それに京介には、今まで辛い思いをさせてきた…。京介には聞く権利がある」 「あなた…」 そう言ってお父さんは姿勢を正し、 「まず一つ目の質問から答えよう。おまえの死んだ父親におまえを養子とした件だ。当時俺は千葉県警で刑事をしていたのは知っているな?」 「…」 こく、と京介君は頷く。 「その時おまえの死んだ父親…先輩とは職場の同僚だったのだが、公私ともに仲良くさせてもらっていた。その時は彼の妻、おまえの死んだ義理の母に当たる人もまだ生きていた。おまえは知らないだろうな。その時おまえはまだ生まれていなかったから」 「…」 「この先輩刑事の夫婦には本当によくしてもらった。右も左もわからない若造だった俺はこの先輩に厳しい警察という巨大組織の中で、国民の生命と安全を守るという本当の意味での正義を教えてもらったものだ」 「…」 「しかしこの先輩夫婦には一つ悩みがあってな。…子供が出来なかったんだ」 「え?」 「子供に恵まれない二人は大いに悩んだそうだ。どうやら両方に共に生殖器に何らかの異常があったらしい」 「…」 「そうしている間に俺と佳乃さんとの間で子供が生まれたんだよ。それが…」 「俺、ですか…」 「そう。おまえだよ、京介。あの頃のおまえは手のかかる赤ん坊だった。ふふふ…懐かしいものだ。まるで昨日の事のようだ。仕事から帰ると真っ先にお前の顔を見に行ったものだ。当時余り普及していなかった育休なども使ったな。民間では使いにくいからな…。まあこれも公務員の特権というやつだな」 「…」 そこでお父さんはふう、と一度大きく鼻から息を吐いた。 「しかし、ある日子供に恵まれない先輩達から言われてな。京介くんを下さいませんか、とな」 「…」 「あのいつもお世話になっている先輩が深々と地面に頭を下げてだ。彼の奥さんも一緒だった。夫婦で揃って頭を下げられたよ」 「…」 「俺達だって彼らの気持ちは痛いほどわかった。俺も子供が出来た時の喜びを思えばおまえがいない時のことなどもはや考える事もできなかったからな。それだけ先輩達の熱意も我が事のようにわかったよ」 「…」 「俺と母さんは大いに悩んだ。何しろ初めてのわが子、一人息子だ。簡単に引き渡せるか。しかし先輩達も簡単には引き下がらなかった。そこで…」 「…」 「そこで仲介人として引き受けてくれたのが、田村さんの家の人達だった。もっとも、仲介人といってもそこまで仰々しいものではなく相談人といったところだが。田村さん達とは俺も佳乃も個人的に仲がよかったし、京介と当時一人娘だった麻奈実ちゃんが同じ年に生まれたとあって親近感もあった。田村さん達は麻奈実ちゃんを連れてよく我が家にも遊びに来てくれてな。その時に先輩達とも出会った」 「…」 「先輩達の京介を養子として引き取りたい、それも自分の「本当の息子」として、という話をすべて田村さんに話してな…。そこで色々なアドバイスをもらったよ。その相談の席は田村屋でしていたんだが、その時に田村さんの娘さんもいつもあそこに座っていたな。そしてその話し合いの結果…」 …まなちゃんが…。だからこの事を知って…。それであの時…。 「俺を…父さんの養子に?」 「ああ…。苦渋の選択だった。6ヶ月の試験期間の後、家庭裁判所から審判が下ってな。高坂京介の実子関係を終了しここに特別養子縁組の発生を認める、とな」 「…」 「その養子縁組の後に先輩の奥さん、おまえの義理の母になる人が事故で死んだ。病気でな。乳癌だった。当時まだ20台で若いから進行も早くてな…。すぐに帰らぬ人になったよ」 「そう、ですか…」 京介君は目線をじっと床に集めている。京介君…。 「もともとその先輩には身寄りがなかった。しかしまだ幼い子供のおまえがいる。これから一人で育てなくてはならない。そこで俺と佳乃さんが度々おまえの世話をしていたんだ」 「…」 「裁判所に見つかれば色々煩かったのだろうがな…。しかし養子として出したのにまた我が家に戻ってくるなんてな…。親子の縁は法律上は切れてはいるが血の縁は誰にも切ることはできない。先輩には悪いが嬉しいと言えば正直嬉しかったものだ」 「…」 「3年後桐乃も生まれ俺と佳乃さんは幸福の絶頂だったよ。先輩も幸せそうで京介も近くにいる。この日常がずっと続けばと…。だが…」 「8年前のあの事件…」 「…」 皆が皆、沈黙する。 あたしのお父さんは片足が不具になり京介君のお父さんは死に、そして何より彼のその後の運命そのものを大きく変えた事件だからだ。そしてそれに追い討ちをかける様な国家からの補償金の拒否。…もう何もかも星の巡り会わせが悪いとしか思えない。 「これが一つ目の質問の答えだ…」 「…そうですか」 京介君は軽く目を閉じた。今までの疑問に対する答えを整理しているのだろうか?彼の頭には様々な思いが反芻しているに違いなかった。 「では…二つ目の…何故俺の父さんが死んだあの時…」 「…」 京介君は悲壮感漂う顔で、 「何故あの時、もう一度親子としてやり直してくれなかったんですか?」 「…」 沈黙。お父さんは目を閉じている。お母さんもお父さんに寄り添っている。そして、 「…俺達に、お前を養えるだけのお金がなかったからだ」 「…え?」 京介君はお父さんを見つめる。 「本来ならお前に身寄りがなくなったその時点で特別養子縁組の解消が行われる。公益代表の検察官がな…家庭裁判所に取消を請求するんだ。だが…」 「…」 「だが俺達には資産がなくてな。あの事件による警察の補償金もない。桐乃もまだ小さい。そして俺は当時寝たり起きたりを繰り返していて今の状態に回復するまで相当のリハビリと時間を要した。おまえに全てを打ち明けると共倒れになる。…高坂家には何もなかったんだよ」 「…」 「家裁に請求する検事もさすがに無理だと判断してな…。民法817条の10の一項2号の「実父母が相当の監護をすることができること」に該当しないと判断された。検事もぎりぎりの解釈だったのだろう」 「そう、だったん…ですか」 「…すまない。それも今になっては全ては言い訳だな。俺達の経済的な困窮がおまえへの免罪符になるわけもない」 「…いえ。気持ちはわかります。だって…」 俺もそうでしたから…。 京介君は静かにそう口を開いた。今までの思いが再び去来しているのだろうか。 あの事件の後、孤児院へ送られた。その苦労はあたしには想像することすら憚られる。 お父さんも足の状態が今になるまで随分苦労した。京介君のお父さんであるおじさんと違って一命は取り留めたものの、それとこれとは話が別だ。不具の苦しみ、というのはなまじ生かされているだけ生き地獄にも感じるのだろう。 それをお父さんは生来の剛健な精神で持ち直し、愚痴一つあたし達に言わなかった。世間から見ればお父さんは単なる身体障害者で一社会的弱者なのだろう。だけどあたしにとっては、誰よりも強い、世界一自慢の父親だった。 「そうだったんですか…」 その日京介君は目を閉じたまま日が暮れるまで動かなかった。 ~~~ ガタンゴトン…ガタンゴトン…。 「…」 「…」 帰りの電車。あたし達は黙って電車の席に座っている。京介君はあたしの右隣で腕を組んで静かに目を閉じている。…冬だからか日が暮れるのは早く、辺りはすっかり暗くなっていた。 お父さん達の話を聞いたあたし達はあの後お母さんの作ってくれた料理を食べて部屋を出た。その時お父さんはビールを京介君に注ごうとしたが、あたしが京介君がアルコールが飲めない体質だと言うと残念そうにしていた。そして今は東京への帰りの電車の中。 久しぶりの実家とはいえ明日は大学の講義がある。彼との蜜月の日々に没頭するあまり学生の本分を随分おろそかにしてしまった。泊まっていくわけにはいかない。 「…」 京介君はあの後何も喋らなかった。実の父と母と思っていた人が実は赤の他人で、幼馴染の親と思っていた人が実の親で…。 彼の中では前から知っていたこととはいえ、こうして改めてその事実を突きつけられると忸怩たる思いがするのは当然だった。 (…) 彼の中ではどういう風に思っているのだろう?死んだおじさんのこと、お父さんのこと、お母さんのこと、それから…。 (あたしとの、こと…) もうどうしたらいいのかわからない。ずっと、ずっと好きだった彼が。あたしの存在のすべてといってもいいはずの幼馴染みの彼が。本当は…。 「ごめんな」 「え?」 静かに目を閉じていた京介君がそっと静かに呟いた。 「…」 彼はその後の言葉を告げない。あたしも聞き返せない。 そうしてあたし達を乗せた電車は光と人の溢れる東京へと運んでいった。 ~~~ 「…送ってくれてありがとう」 「…ああ」 ここはあたしのアパートの前。あの後東京についたあたし達はどこに寄るでもなくここまで無言で歩いてきた。 「…」 「…」 もう、何も交わせない。もう、二度と交わらない。 京介君が…大好きなおにいちゃんが…。本当は血の繋がったお兄ちゃんだったなんて…。 「…」 「…」 あたし達はもう二度と以前の関係に戻れないのだろう。 あたしは彼のことが今でも好きだ。愛しているといってもいい。けれどそんなことは世界が許さない。この健全な道徳と社会的良心に縛られた世界が、兄妹で愛し合うことを絶対に許さない。 「…ぅう…」 「…」 あれから色々なことがあった。ありすぎた。あやせにこの真実を告げられ、お父さん達にその真相を確かめ、そして…。 「うぐっ…うぇえ…」 「…」 涙がとまらない。どうしてなの。どうしてあたし達がこんな目に。 せっかく、せっかくあたしの生まれた時から育んできた初恋が、絶対に実らないと思っていた初恋が実ったと思ったのに。こんなのって…。 「うぐっ…えぇぇ…!」 「…ッ!」 涙を我慢しきれないあたしはおにいちゃんに強引に引き寄せられる。そして… 「ん…ふぁ…」 キス。涙と鼻水でぐちゃぐちゃのあたしの口の中に無理矢理舌をねじ込んでくる。 「桐乃」 おにいちゃんは抱きしめながらあたしの目を見つめて、 「最後に、一日だけ時間をくれ」 「…え?」 「俺達はこれ以上この関係を進めることが許されない存在だ。でも、でも…」 「…」 「…俺はおまえを手放したくない」 「…おにいちゃん」 真剣な目。真摯な表情。彼のあたしへの思いの丈のすべてが肌の温もりから、繋がった唾液から、その熱い吐息から、彼のすべてが伝わってくる。 「桐乃」 「…」 じっと二人は見つめあう。 「…最後に一日、おまえの時間を俺にくれ。そのうえで俺達の未来のことを真剣に考えよう」 「…おにいちゃん」 「いいな?」 「…はい」 彼にもう一度強引に舌をねじ込まれる。あたしは黙ってそれを受け入れ口内を彼の舌に蹂躙される。 胸に溢れる切ないあたしの思いでは裏腹に、どうしようもなくあたしの若い肉体は彼に発情していた。 …もう「妹」じゃいられない。 …そしてあたしとおにいちゃんの「最期」が始まったのだった。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1308729425/459-461 「本当にごめんなさいお兄さん……」 俺がいるベッド脇の椅子にチョコンと腰掛けたブリジットが、何度目かの謝罪の言葉を口にする。 「ブリジットもう気にするなって」 「でも、私のせいで……」 こんな申し訳なさそうな、そして今にも泣きそうな顔をされたら俺も困ってしまう。 この状況を説明するには2時間程前に遡る。 俺はブリジットと一緒に、ある雑誌グラビアの打ち合わせに行っていた。といってもお菓子系タイトルとかのいかがわしい雑誌じゃないぞ。いわゆる女子小中学生向けのティーン雑誌って奴だ。 大体あんな裏地を外して乳首や縦筋丸見えなスクール水着や、局部だけ泡で隠したエロい恰好をブリジットにさせられるか!そんな仕事を入れたら、俺は社長をぶん殴った後ブリジットを連れて逃げるね! おっと話が逸れたな。ともかく俺達は、撮影スタジオを併設してる雑誌社でどの衣装を撮影に使うのか等を、スタイリストさんとかを交えて打ち合わせしたわけだ。 打ち合わせが終わり帰ろうとした時『今他の女の子の撮影しているのでよかったら見学していきませんか?』 雑誌の担当者から声を掛けられたので、俺とブリジットは見学させてもらう事にした。 ところが見学してる最中、突然壁に立て掛けてあった材木の束がブリジットのいる方へ倒れてきた。咄嗟に俺はブリジットを抱きしめ、自分の身体を楯にした……… あれだけの材木の下敷きになって、左足首捻挫と右手の骨に軽いヒビ、そして後頭部に軽いコブ、この低度ですんだのは運がよかったのだろう。しかし出版社が手配してくれたとはいえ、個室とはねぇ… 事故のお詫びなのか、TVや小型冷蔵庫、それに枕元の壁に鏡付きの洗面台までついてる。詳しくは知らないが、結構高いんじゃないかこの部屋? 「それよりブリジット、肘の怪我は大丈夫か?」 ブリジットの左の肘には、小さな絆創膏が貼られていた。俺が抱き抱え、床に倒れた時にできた擦り傷だ。 「こんなのたいした事ありません。それよりお兄さんの方が入院だなんて……」 「入院といっても、念のため精密検査するだけだから2~3日で退院だから心配するなって」 俺はそう言ってブリジットを安心させようとしたのだが 「それもそうなんですが…あの……その……」 何か様子がおかしい。何と言うか、言いづらい事をどうやって言おうか迷ってる感じだ。それでも意を決したようにブリジットは口を開いた。 「お、お兄さんはしばらく利き腕が使えませんよね!?」 「ああ、そうだな」 どうしたんだ?急に声が上擦りだして… 「だから…その………自分で『処理』できませんよね!?」 …………………はい? 「か、かなかなちゃんから前に聞いたんです。男の人って、定期的に『処理』しないと色々と大変な事になるって…」 あのガキ!何て事をブリジットに吹き込みやがる!まるで俺が、毎日猿の様にオナニーしてるみたいじゃねぇか! 「え~と…、今から『処理』しますね…」 大体あいつは普段から俺の事を舐め過ぎだ。一度キツく言っておく……え? 加奈子の事に腹を立てていた俺は、ブリジットの声に反応するのが一瞬遅れた。 ブリジットは真っ赤な顔しながら、俺の着ていた浴衣(病院が貸してくれた)をはだけ、やや強引にトランクスをずり落ろした。そしてボロンと露出したリヴァイアサンを、その小さな手で握るとゆっくり扱き始めた。 その手技に、俺のリヴァイアサンは素直に反応し、みるみる固くなっていく。するとブリジットは顔を寄せると、その小さな口を一杯まで開きながらリヴァイアサンを飲み込んでいった。 「うっ…」 暖かな口内で、竿に絡み付く柔らかな舌の感触に俺は思わず声を漏らす。そんな俺の様子をちらっと窺うと、ブリジットはゆっくりと唇をスライドさせていく。 ちゅぷ……ちゅぷ……… 軽く揺れるポニーテールの動きに合わせ、ブリジットの唾液で濡れたリヴァイアサンが見え隠れする。そして時折、俺の気持ちいいポイントを確認するかの様に俺を見上げるブリジットの視線。 そんな様子を見ている内に、俺は次第に、ここが病室であることを忘れていった…。 ジュボ…ジュボ… いつしかブリジットの奏でる口唇奉仕の水音は激しさを増し、俺のリヴァイアサンはこれ以上ない程硬直していた。 カリ首だけを咥え鈴口を舌先で刺激する、かと思えば一杯まで突き出した舌先で竿を下から上に、上から下へツー…と舐め上げていく。快感が単調にならないよう、俺の様子を窺いながら刺激を与えてくる舌技に俺は呆気なく限界を迎える。 「くっ…ブリジット、そろそろ限界だ……!」 「いいですよ…、私のお、お口に遠慮なく出しちゃって下さい」 俺のギブアップ宣言を聞くと、ブリジットはさらに頬を染めながらリヴァイアサンを咥えこんだ。そしてさっきよりも、さらに派手な水音を立てながら顔を激しく上下させていく。それにより俺の射精感はさらに高まっていく。 「出すぞブリジット!」 そしてついに堪え切れなくなった俺は、無意識に動かせる左手でブリジットの頭を掴むと腰を突き出し、激しく射精した……。 射精による腰の痙攣が収まるのを見計らうと、ブリジットはコクン…コクンと喉を鳴らし精液を飲み干していった。その様子に半萎えだったリヴァイアサンがみるみる硬度を取り戻していく。 「ん…んんんんん!?ぷはぁ…」 ブリジットはいきなり口内で再度固くなったリヴァイアサンに驚き、慌てて口を離す。その際に、僅かに残った精液が口元から零れた。 「お、お兄さん!?今出したばかりなのに……」 「いやすまん…お前が美味そうにザーメン飲んでいる様子につい興奮しちまってな……」 「お、美味しそうになんて飲んでないです!ベッドを汚しちゃいけないし、それにお兄さんの出したものだし………」 俺の言葉にブリジットは真っ赤になり抗議しながら、次第に俯き最後にはよく聞こえないくらいの声でゴニョゴニョと呟いた。 「それよりもう一度『処理』しないといけませんよねソレ……」 チラチラとリヴァイアサンを見ながら聞いてくる。 「でも…またお口でしたら、お兄さんはすぐおっきくしちゃいますよね……?」 いやいや!俺そんなに絶倫じゃねーし!今回はたまたまだよ?ブリジットが一生懸命俺の精液飲んでいる様子が健気で可愛くてつい、な…… 「だ、だからさっきと違う方法でしないといけませんよね…。と、ところでお兄さん。足の痛みは酷いですか」 ブリジットの問い掛けの意味を理解しつつも、俺は敢えてすっとぼけてみる。 「そうだな~、痛くないといったら嘘だけど、女の子一人跨がるくらいは平気だが…それがどうかしたか?」 すると、ブリジットは『意地悪…』といった表情で俺を見ると、ゆっくりとスカートを脱ぎはじめた…… やれやれ……入院したって事務所から聞いたから、見舞いに来てやったのに……元気過ぎるじゃねーか こりゃもう少し経たないと中に入れねぇな。どっかで時間潰して…… あ?…おいおい、あそこ走ってくるの桐乃とあやせじゃね?ったく面倒くせぇな…… さ~て…どうやって時間稼ぎするかねぇ…ブリジット、マネージャー、こいつは貸しにしとくかんな? 一つため息をつくと、病室の番号を確かめながらこちらに向かってくる桐乃とあやせの方に加奈子は歩き出した。 おしまい
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1293190574/850-854 「ちょっと早く着き過ぎたな…」 待ち合わせ場所である駅の改札口を出て俺は呟いた。 今日はブリジットとのデート当日である。昨日から桐乃が妙に絡んでくるので、デートだと気付かれる前に朝飯も食わず家を出て来た。ひょっとして俺って顔に出やすいのかね…。 待ち合わせの時間まで一時間以上も早く着いた事もあるので、俺は軽く朝食を食べれる場所を探そうと辺りを見回した。すると通路を挟んでコインロッカーコーナー脇の柱の前に、見覚えのある顔を発見した。 「ブリジット…?」 一瞬見間違えかとも思ったがやはりそこにいるのは、俺がマネージャーをしてるモデルであり、同時にポニーテールが似合っている最愛の恋人であった。 今日の彼女の装いは襟の開いたカーディガンにチェックのミニスカート、その上から暖かそうなハーフコート、そしてミニスカートから伸びるすらりとした足は黒いストッキングで包まれていた。 ブリジットはちらりと腕時計に目をやると軽くため息をつく。そして肩から下げたトートバックを覗くと、何が嬉しいのかニッコリと笑みを浮かべるとまた腕時計を見た。 その様子が可愛いらしく、もう少し眺めていたかったが俺は声をかける事にした。 「おはようブリジット」 「ひゃう!?き、京介お兄さん!?」 悪戯心を起こし、ブリジットの視界に入らないようそばに寄ってから声を掛けたのだが、こんなに驚くとは… 「ど、どうしたんですか?まだ待ち合わせまで一時間もありますよ」 まさか妹の追求をかわすため早く家を出たとも言えず、とっさに質問を返してごまかす。 「ブリジットこそどうしたんだ」 俺の問い掛けに、ブリジットは、顔を赤くしてパタパタと手を振りながら 「あの、その、今日のお出かけが楽しみでいつもより早く目が覚めて朝ごはん食べても時間余っちゃってそれでお出かけの時間まで待ち切れなくて…ケホッケホッ!」 息継ぎもせず喋り続けむせてしまった。俺は背中をさすってやりながら宥めにかかる。 「わかったから少し落ち着け。要は俺と出かけるのがそれだけ楽しみだったって事だろ?」 ようやく落ち着いてきたブリジットはコクリと頷いた。くぅ~可愛いな!こんな可愛い娘今時希少種だよ、ワシントン条約で保護すべきだよ、いやそうなると一緒にいられなくなる!やはり俺が保護して面倒みるしかないね!ハイこれ決定! 「あの~、京介お兄さん?」 ブリジットの呼びかけに俺は、飼い主の義務として首輪を付けようする妄想から帰って来た。 「…ハッ、よし、少し早いけど出かけるか」 「はいっ!」 電車に乗り込むと、まだ早い時間のせいか乗客の数はまばらだった。おかげで、俺達はボックス席にゆったり腰を落ち着ける事ができた。 しばらくして、崎陽軒の袋を下げた乗客が通り過ぎていった。途端に忘れてた空腹感が甦り、我慢する間もなく腹が鳴った。それほど大きな音ではなかったがブリジットにはバッチリ聞こえたようだ。うわカッコ悪ぃ! 「お兄さん、朝ごはん食べてないんですか?」 「ああ、ちょっとバタバタして食いそびれた」 するとブリジットは傍らに置かれたバッグからバスケット型の箱を取り出した。 「お昼にと思って作ってきたんですけど、よかったらどうぞ」 受け取って蓋を開けると、中には上品なサイズにカットされたサンドイッチが並んでいた。 「これ…お前が…?」 「はい。でも朝になって急に思い立ってから作ったんで…。冷蔵庫の余り物ばかりですからあまり期待しないで下さいね?」 そう言って照れ臭そうに俯いた。いやいや、ブリジットの手づくり弁当だぜ?期待するなってのが無理だろ!俺は有り難くいただく事にした。 う、美味い!スライスされた胡瓜は余分な水気を取ってあるし、チーズに塗られたマヨネーズは手作りか手作りに近いものだ。ハムと一緒に挟まれたレタスもパリッとしている。夢中で頬張っていると目の前に紙コップが差し出された。 「どうぞ…紅茶ですけどいいですか?」 見るとブリジットは小ぶりの魔法瓶を手にしていた。俺が湯気の立つ紙コップを受け取ると、自分の分の紙コップにも紅茶を注ぐ。そして嬉しそうに俺の食べっぷりを眺めている。う…なんか気恥ずかしい…。 「ごちそうさま。美味かったよ」 空になった弁当箱を返しながら俺は礼をいった。 「はい、お粗末様でした」ブリジットは、日本人でも若い世代は使わない言い回しで答えながら弁当箱を受け取った。 しかし…早起きしたって言っていたが、弁当作った上に一時間以上前に待ち合わせ場所に来ていたわけだが何時に起きたんだ? 俺は改めてブリジットの様子を伺う。時々目をしばたたかせている。それに会話が途切れるとボーっとしている。 「なぁブリジット、少し眠いんじゃないのか?」 俺の問い掛けに、ブリジットは徐々に俯き出した顔をハッと上げ慌てて否定する。 「だ、大丈夫です!眠くなんてありません!」 いや、端から見たら明らかに眠そうだって。 「目的地に着くまでまだに20分以上ある。目をつぶっているだけでも違うから休んでろ」 俺の奨めにブリジットは渋っていたが 「目的地についてから眠くなるよりはいいだろう?」 という俺の言葉に渋々納得したようだった。そこで俺はブリジットの隣に席を移った。 「お、お兄さん!?」 「俺に寄り掛かっていいから目つぶってろ。着いたら起こしてやるから」 ブリジットはしばらく逡巡していたが 「じゃあ…失礼します…」そう言って俺の肩に頭を預けてきた。そして5分も経たずに熟睡していた。 「やれやれ…」 この様子だと、昨日も興奮して中々寝付けなかったんだろう。それでいて早起きして弁当まで作って…。 弁当にしたって、朝になって思いついたなんて下手な嘘つきやがって。パンだってパン屋に朝一で焼きたてを買いに行ったんだろ?でなきゃ、あんなにふんわりとしてないって。マヨネーズだって手作りだと日もちしない事くらい俺だって知ってるさ。 ブリジットが目を覚まさないように、頭をそっと肩から膝の上に移す。そして、頬にかかった髪を直してやりながら俺は呟く 「ありがとうな、ブリジット」 今日一日、いっぱい楽しい思いをさせてやろう。 「ん……ふぁ…」 ああ、やっと目が覚めたようだ。ブリジットはゆっくりと上半身を起こし、ここが何処だか確認するように周りを見回した。そして意識が完全に覚醒したのか、ぴょこんと立ち上がった。 「はぅ!ごめんなさい、私どれくらい眠ってましたか?」 「ん~40分位?」 「あぅ…本当にごめんなさい、せっかくのお出かけなのに私ってば…、それにお兄さんのズボン…」 俺のズボンの太腿部分は、ブリジットのよだれで染みが出来ていた。 「すぐ乾くから気にするな」 「気にしますよ!」 そういってブリジットはバッグからウェットティッシュを取り出し、よだれを拭いだした。 女の子を足の間に膝まずかせティッシュで処理をさせてる…端から見たら色々と誤解を与える光景だ。うん非常にまずい! 「ブ、ブリジット、本当にいいから!それにもう次の駅に着く!一回そこで降りよう!」 強引に切り上げさせると、ブリジットを促し立ち上がった。 「ここ…どこですか?」 ホームに降り立つと、ブリジットが聞いてくる。 ホームの駅名表示にはこう書かれていた 『北鎌倉』 続く ※おまけ・あるいはデート前日の風景 「かなかなちゃん、本当にありがとう!」 加奈子の目の前でブリジットが満面の笑みを浮かべている。両腕で買ったばかりの服が入ったビニール袋を抱きしめている。 「お兄さん、気に入ってくれるかな~?」 「あにいってんだよ、加奈子のコーディネートだぜ?気にいるに決まってるだろ」 「そうか…うん…そうだよね!」 センター街の入口でブリジットと別れる事にする。 「じゃあ今日はさっさと寝ろよ。でないと寝不足のヒデェ顔で出かける事になるぞ」 「うん!今日は本当にありがとう!」 「あぁ~それはもうさっきも聞いたって」 そう言って加奈子は手で追い払う仕草をする。そんな態度にブリジットは腹を立てる事もなく、加奈子に手を振ると地下鉄に続く階段を下りていった。 ブリジットの姿が見えなくなったのを確認すると、加奈子は携帯をかける。 「もしもし、加奈子だ。オメー明日はしっかりエスコートしてやれよ?あいつ、めちゃめちゃ楽しみにしてんだからな。それと服、会ったら必ず褒めてやれよ?加奈子がわざわざコーディネートしてやったんだからな」 その後もいくつかの注意点を告げると通話を終えた。 「ったく世話がやける連中だぜ…。さて歌舞伎町でも軽く流してから帰るかな」 そう言って、口は悪いが妹分思いの少女はJRの駅に向かい歩き出した。 終